最近、「ガチ中華」界隈でよく耳にするのが「ギラギラ系」です。
ひとことでいえば、内装がド派手で、ギラギラしているニュータイプの中華料理店のこと。ただし、その“ギラギラ”ぶりは、明らかに日本のセンスとは違う異文化モードで、今日の「ガチ中華」を語るひとつのトピックです。
「ギラギラ系」というジャンルを命名したのは、今年4月1日発売の『BRUTUS』(マガジンハウス)の特集「世界が恋しくなる料理。」でした。
当研究会代表の中村も同特集の「ニッポン“世界メシ”トレンドの現在。」という鼎談に参加していますが、同誌には「ギラギラ系」中華2店(撒椒小酒館上野店※1、破店池袋店※2)が紹介されていました。
実をいうと、当研究会ではすでにこの種の店をいくつも発掘し、「多様化する『ガチ中華』の現在形10ジャンル」のひとつとして、「新興ビジュアル系」と名付けていました。とにかく、店内の見かけの演出が凝っている遊び心たっぷりの飲食店です。
都内でおそらく最初に現れた「ギラギラ系」の店と思われるのは、2021年7月に上野にオープンした四川料理店「撒椒小酒館(サージャオシャオジウグアン)上野店」※1でしょう(同チェーンの1号店は池袋にあるのですが、その内装は上野店ほどのインパクトはないからです)。

店内はいまどきの中国の若者向けレストランのスタイルがそのまま持ち込まれた奇抜で斬新なデザインの内装です。色とりどりのLED照明がやたらと使われています。


面白いのは、店員の女性がカラオケをして客に聴かせていること。彼女は店の専属ですが、手すきのときは給仕も手伝う存在で、こういう趣向は中国の飲食店ではよく見かけます。
メイン料理は「烤魚(カオユィ)」という、いったん揚げた白身魚を野菜入りの麻辣スープで煮込んだ料理で、魚がまるまる1匹入っています。

こういう混ぜご飯も人気メニューです。
これは「江小白(ジャンシャオバイ)」という若者向けに開発されたアルコール度軽めの白酒で、若者客の多い「ギラギラ系」の店でよく飲まれるようになりました。この商品の特徴は、ボトルに巻かれたパッケージに意味シンな写真とポエムが印刷されていることです。こういう中国の若い世代のセンスを採り入れた商品も、彼らが好む「ギラギラ系」の世界観に通じるものがありそうです。

オープン当時は、東京でいちばん話題のガチ中華の店で、予約なしでは入れませんでした。
同店の系列店の「撒椒小酒館大久保店」は、今年2月28日、JR大久保駅から徒歩1分の場所にオープンしました。この店の“ギラギラ”ぶりもまた独特です。

実は、「新版 攻略!東京ディープチャイナ」(産学社)https://deep-china.tokyo/press-release/8931/ の表紙はこの店で撮影しています。

「撒椒小酒館上野店」と同じ日、池袋にオープンした重慶風焼烤(バーベキュー)の店「灶門坎(ザオメンカン)池袋店」も、撒椒小酒館ほどぶっ飛んではいませんが、「ギラギラ系」でしょう。この店の系列店は新大久保にもありますが、中国の外食チェーンのひとつです。

これは、このチェーンのイメージキャラクターである華流スターのスン・イージョウ(孫芸洲)さんです。芸能人が店の宣伝に加わるのは、最近の中国の飲食シーンでよく見かけます。

日本のカラオケは個室が一般的ですが、海外ではお酒を飲みながらカラオケを楽しむミュージックバーも多いです。2021年6月、池袋の立教大学近くにオープンした中国スタイルのカラオケバー「卓尚記」も「ギラギラ系」といえるでしょう。

さて、「ギラギラ系」に新種の異色バージョンが登場してきました。「レトロチャイナ系」です。特徴は、中国っぽい“ギラギラ”感を残しつつも、懐古趣味を濃厚に漂わせていることでしょう。
「レトロチャイナ系」の一ジャンルとして、1930年代の中華民国期を意識した「老北京」や「オールド上海」的なデザインの店が中国にはよくあります。池袋に今年7月オープンしたのは、「老重慶」の内装インテリアが楽しめる、中国の人気外食チェーン「諸葛烤魚(ショカツカオユ)」です。
一方、中国の若い世代に共通するサブカル的な“レトロ”感を演出した店も現れています。中国が初めて消費社会を迎えた時代に成長したとされる80后(1980年代生まれ)以降の世代をターゲットとしているものと思われます。
今年2月23日、池袋にオープンした「破店 Broken Shop Sweet and Spicy」※2がそうです。同店の看板メニューは甘くて痺れる「甜麻(ティエンマー)の海鮮鍋。


店内に置かれたスーパーマリオなどもそうですし、2003年に中国初の宇宙飛行士となった楊利偉さんと思われるフィギュアなど、彼らのレトロイメージに合わせたサブカルアイテムが並んでいます。
これは同店のプロモーションビデオです。こういうセンスは、実にいまの中国っぽいです。
次々と新種が登場する東京ディープチャイナの世界ですが、今年1月1日上野にオープンした「九年食班(ジゥニェンシーバン)」という店も面白いです。

1990年代という、まだ中国がそれほど豊かではなかった時代の諸相を、当時子供や若者だった世代の目線で捉えたレトロアイテムで埋め尽くした店です。以下の食レポで、それぞれのアイテムに関する解説をしたので、詳しくはそちらを読んでいただくとして、こういう昔の中国の雰囲気を伝えるポスターや標語もたくさん見られます。

2022年8月現在、都内で見られるさまざまな「ギラギラ系」&「レトロチャイナ」の世界をざっとまとめてみましたが、これらの店のオーナーたちはどうしてこのような店を始めたのでしょうか。

一般にこのような飲食店に見られる奇抜なデザイン様式を中国では「国潮(グオチャオ)」といいます。京劇俳優という中国の伝統的な人物像をポップにモダン化したキャラクターなどが多用され、2010年代半ば頃に現れています。
何人かのオーナーに話を聞いたところ「これまで料理以外のことでお金をかけるような余裕はなかったけれど、都内にこれだけ店が増えると何か差別化をしないと生き残れない。お手本は中国にあるので、それをそのまま日本に持ち込めばいい。なぜなら、それは日本にはないものだから。どうせやるなら、日本で初めての店をやりたい。そういう思いから、店の内装を凝るようになった」ということのようです。世代的には30代のオーナーが大半でした。
では、誰がこのデザインを設計し、施工しているかというと、中国在住の設計士と日本にいる中国系の施工会社のコラボによるものだそうです。設計士が日本に来ることはないですが、中国にあまた存在する店舗デザインの事例を見比べながら、SNSで図面を交わしたり、動画で店内を見せ、配置を確認したり、何度も打ち合わせをしながら進めます。
店内に見られる調度品やディスプレイアイテム、テーブルや椅子などの大半は中国に発注しているそうです。つまり、店内はメイド・イン・チャイナで埋め尽くされているのです。
こうして日本には存在しなかった「ギラギラ系」中華の店が次々と誕生しているのです。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
撒椒小酒館上野店

台東区上野4-4-6
BVビル7F
03-5834-3730
撒椒小酒館大久保店

新宿区百人町1-18-8
03-6908-9164
灶門坎 池袋店

豊島区西池袋1-28-1
第二西池ビル 5F
03-5955-1666
卓尚記

豊島区西池袋3-29-4
ジェスト7ビル3F
03-4362-8739
諸葛烤魚

豊島区西池袋1-36-4
S・Iコンソートビル5F
03-6915-2163
破店

豊島区西池袋1-38-1
池袋YSステージビル3F
03-5904-8678
九年食班

台東区上野4-4-5
Dreamersミトビル6F
03-6806-0908