パイ皮の月餅として最も代表的な私の故郷の「蘇式月餅」 

2025年の中秋節(中秋の名月)は10月6日です。今年もこの季節がやってきました。中華圏ではこの時期、月餅を食べる風習があります。

月餅は元々月の神を祭る供え物として、古くから伝わっており、「月餅」という言葉の最も古い記録は、南宋の呉自牧による《夢粱録》に見られます。月餅は唐代に起こり、宋代にはすでに蓮の葉や芙蓉などを用いた多彩な月餅が登場していました。

月餅

中国各地の食文化と融合した月餅は、南方では「蘇式」と「広式」の二大流派に分かれます。

日本でよく見かける表面に花模様や文字があしらわれた焼き菓子のような月餅は広式月餅です。一方、蘇式月餅は私の故郷の蘇州で生まれ、「酥式月餅」とも呼ばれます。その製法は古代の人々の知恵の結晶であり、二百年以上の歴史を経て、今も蘇州で伝統的な技法が受け継がれています。

制作工程は、材料選び、下処理、餡作り、生地作り、油皮と酥皮の製作、包み込み、成形、刻印、焼成、包装と多岐にわたります。道具もシンプルで、ヘラ、油紙、天板、炭火用の杉木箱などが用いられます。

原料や副材料は厳選され、地域の特色が活かされています。甘い餡にはバラの花、キンモクセイ、クルミ、瓜子仁(スイカ、かぼちゃまたはヒマワリの種)、松の実、ゴマなどが使われ、塩味の餡にはハム、豚肉、エビ、ラード、青ネギなどが用いられます。皮は小麦粉、砂糖、水あめ、油脂で作られます。    

蘇式月餅

蘇式月餅は、パイ皮の月餅として最も代表的な存在です。

「餅皮薄如蝉翼、砕如飛雪」(皮は蝉の羽のように薄く、雪のようにほろほろと崩れる)という記述があるほど。その製法は清末に北京へ伝わり、一時は宮廷の御膳となりました。散った皮が羽毛のように見えたことから「翻毛月餅」とも呼ばれました。

「層を立てる(起酥)」ための秘訣は、二種類の生地を作ることにあります。

ひとつは小麦粉とラードを直接こね合わせた「油酥生地」、もうひとつは小麦粉にラード・麦芽糖・水を加えてこねた「水油生地」です。油酥生地を水油生地で包み、何度も巻き伸ばして層を重ね、その後に餡を包みます。

伝統的な蘇式月餅は販売時に一つ一つ白い油紙を敷きます。これは油を吸い、また崩れた皮を受け止めるためで、食べ終えた客は紙をくるりと巻いて、こぼれた欠片を口に入れ、無駄なく味わいます。

鮮肉月餅

蘇式月餅には「甘派」と「塩派」があります。

蘇州では甘派が主流で、百果、黒ゴマ、椒塩などが定番とされます。

一方、塩派は周辺地域で広まり、焼きたてをその場で食べるのが特徴です。

人気の「鮮肉月餅」はその代表で、パイ皮が肉汁を吸い、独特の風味を持ちます。

無錫・常州・上海など江南の都市では甘派と塩派がほぼ均衡していますが、近年は高糖分を避ける傾向が強まり、ハム・塩漬け卵黄・鮮肉など塩味の蘇式月餅の方が好まれるようになっています。

肉月餅
今ではいつでも月餅が買える時代になりましたが、私が子供頃は中秋節前後しか買えず、まさに季節限定の食べ物でした。特に肉月餅の売り場では、売り切れの手書きの札が出るまで行列が途切れることがありません。

記憶に残っているのは、小学生の私が中秋節前に肉月餅を買うため、長い列に並んでいたこと。自分の背丈ほどのドラム缶型の特製ストーブの上に巨大なフライパンが置かれ、一度に50個ほど焼かれます。

ムラなくきれいに焼き上げるには技術が必要で、焼き係の滑らかな動き、湯気とともに漂う肉の香り、最後に水分を飛ばして香ばしいにおいが辺りに広がり、油紙に包まれた月餅が会計係の手から次々と消えてゆく。並ぶ人々はまた次の焼き上がりを待ち続ける—この光景はいまでも鮮明に覚えています。

焼きたての肉月餅
焼きたての肉月餅は本当においしいです。肉餡はぎっしり詰まり、一口噛むと皮がほろほろと崩れ、肉汁を吸ったパイ皮と熱々の醤油味の粗挽き肉がと口の中で絶妙なハーモニーを奏て、幸せな気分になります。これならいくつでも食べられそうです。
海苔入りの苔条餡
先日、友人が観光で来日した際、「何か欲しいものある?」と聞かれ、蘇州式月餅をお願いしました。その中には、今の私から見ても珍しい餡がありました。皆さんに食べてもらったところ、意外にも海苔入りの苔条餡が高評価でした。

平成元年に来日する前、私は甘い月餅が大の苦手でした。しかし故郷を離れてからは、中秋節の一か月前になると月餅を買える店をチェックするようになりました。

昔は中華街でしか手に入らなかった月餅も、今では簡単に購入できます。一昨年は月餅の食べ比べをして、その感想をFacebookに投稿。昨年は在日中国人の中秋節の過ごし方を『中文導報』に寄稿しました。今年は故郷蘇州の月餅について調べるうちに、月餅という食べ物を改めて再認識することが出来ました。そして、蘇式月餅が日本人の口にも合うと知り、何故か嬉しくなりました。

来年の中秋節までに、月餅についてまた新しい発見ができることを楽しみにしています。

中文導報

(和田茜 2025.10.3) 

2024年『中文導報』寄稿
https://mp.weixin.qq.com/s/rzDzpuLnkfykw19xqnvL6Q

Writer
記事を書いてくれた人

和田茜
和田 茜

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