安西創の「玩琴趣談」中国の楽器紹介【2】小三弦

東京で中国音楽の小学校をコンセプトにした音楽教室「創樂社」を主宰している安西創が、中国音楽に使う楽器を「難し過ぎず、でもちょっとディープに」紹介していく「玩琴趣談」。第2回は、第1回の竹の横笛「笛子」に続いて、日本人に馴染み深い三味線の祖先になった中国の三味線、「小三弦(しょうさんげん、Xiaosanxian)」を日本の三味線と比較しながら紹介します。

第1回「笛子」はこちら↓

いわゆる日本の三味線の伝来は、中国の三弦(さんげん、Sanxian)が、琉球を経由して堺(大阪)の港から伝わったというのが定説です。その際に持ち込まれたのが今回紹介する中国の「三弦」という訳です。中国には大きく分けて「大三弦(だいさんげん、Dasanxian)」と「小三弦(しょうさんげん、Xiaosanxian)」の別がありますが、今回は日本の三味線により近い「小三弦」を取り上げます。因みに余談ですが、現在でも邦楽の「地歌(じうた)」の世界では基本的には「三弦」と呼び慣してプログラムなどにも「三弦」もしくは「三絃」と表記しますけれども、楽器としては別物を指すので混同しないように気を付けてください。

小三弦(しょうさんげん、Xiaosanxian
小三弦2種。左は京劇などの伴奏に使うタイプ。右は蘇州評弾や江南絲竹に使うタイプ。ひと口に小三弦と言っても細かな違いがあります。

「大三弦」は主に北方の語り物芸や河南省の板頭曲(ばんとうきょく、Bantouqu)に使われますが、それを小型化して「崑曲(こんきょく、Kunqu)」の伴奏や蘇州評弾(そしゅうひょうだん、Suzhoupingtan。代表的な語り物芸の一つで、主に琵琶とペアで演奏されます)」「江南絲竹楽(こうなんしちくがく、Jiangnannsizhuyue)」や「広東音楽(かんとんおんがく、Guangdongyinyue)」「潮州弦詩(ちょうしゅうげんし、Chaozhouxianshi)」などの合奏音楽に取り入れたのが「小三弦」といわれています。

ここで両方の音色の違いを聴いてみましょう。

「香港中楽団」の趙太生氏による大三弦のデモンストレーション

香港の伝統音楽集団「竹韻小集」余穎嘉女士による小三弦のデモンストレーション

大三弦の厚くどっしりとした音色に対して、小三弦の軽やかさが伝わったのではないかと思いますがいかがでしょうか。

小三弦は、日本の三味線と比べると棹の長さ(=弦の長さ)はほぼ同じですが、胴(蛇皮が貼ってある箱型のボディの事)がやや小さくて、日本の三味線音楽の多くは腿に胴を乗せて撥を持った右手を構えた状態で演奏姿勢を維持できるように訓練するのに対し、構造上、左手が棹の重量をある程度受けるような形で演奏するバランスになっています。対して琉球の三線(サンシン)は棹が短く逆に胴は大きく独自の進化を遂げていますね。

そして、決定的な違いの一つは「さわり」がない事です。それは日本の三味線独自の「仕掛け」で、一の糸(一番太い弦)を弾くと弦を弾く音に加えて弦が棹の一部に僅かに触れる事によって「ビーン」とある種の雑音のような余韻が生まれるカラクリです。これは日本の三味線にのみ見られるもので、豊かな倍音を生んで我々の美意識に働きかける先人達の工夫が詰まった仕組みなのですが、中国の三弦にはこれがなく日本の三味線に比べると少しポコポコと乾いた音に聞こえる傾向があります。かつては絹糸を張りましたが、一部を除き現在では金属弦が使われる事が殆どです。

なお演奏時、日本の三味線は多くの場合、様々な形のイチョウ型の「撥(ばち)」を使って弾きますが、小三弦の場合にはギターなどのピックを流用するか、人差し指と親指に義甲(つけ爪)をしたり生爪で弾いたりと、好みや音色の違い、編成の大小などで決まりがありません(私は生爪派です)中国では、琵琶の演奏でも早い段階で撥を使う奏法は消失し、現代奏法では五本指それぞれに義甲を着けて、それらを駆使して輪(りん、Lun、音を持続させるトレモロ奏法の事)を弾く事で有名なのをご存知な方もある事でしょう。三弦も大きなバチを使うよりも小回りが効いてトレモロが弾きやすいスタイルに移行したのかも知れません。概して中国の撥弦楽器(はつげん楽器。弦を弾いて音を奏でる楽器の総称。中国語では「弾撥楽器 tanboyueqi」と呼びます)は古筝(こそう、Guzheng)、揚琴(ようきん、Yangqin)なども「輪」を多用してメロディーを弾く事が多いです。マンドリンのようなチリチリとした涼やかな音色が、きっと中国人の感性に合うのですね。

義甲
「義甲」は爪の延長として装着します。写真の義甲は琵琶のツメ(鼈甲製)を流用しています。

さて、この小三弦はとても大切で欠かせない楽器で、今日でも京劇(きょうげき、Jingju)や崑劇(こんげき、Kunju)」の伴奏など戯曲の楽隊の重要なパートだったり、主に南方の数多くの合奏音楽に幅広く使われているにも拘らず、語り物の伴奏楽器として使われたため器楽の側面が強調されて来なかったり、合奏ではリズムの進行を担当し、曲に推進力を与える役割を負っている楽器という事で、とりわけ独奏曲というものが書かれて来なかったので、単体で演奏される事はほぼありません。しかも「雅」と「俗」の対立で行くと明らかに「俗」。総じて地味な役回りではありますが、中国の小三弦はそういった「縁の下の力持ち」だからこそ、独特の魅力があるのかも知れません。申し上げた通り、小三弦だけをソロで聴く機会は少ないですが、合奏音楽の端々に味わい深い、そして日本人の耳にはなんとも馴染み深く聴こえる小三弦の音色にも、これからは注目してみてください。

二胡と小三弦で「蘇州夜曲」

楽器の実物を見たり音色を聴いてみたい人は、この小三弦を加えた「江南絲竹楽(揚子江下流域の合奏音楽)」の集まりを見学して頂けます。ご希望の方はお問い合わせの上、湯島聖堂内斯文会館に13〜16時の間にお出かけください。

2024年度 江南絲竹「進韻會」活動スケジュール(計10回)

2024年4月29日、5月26日、6月23日、7月28日、9月22日、10月14日、11月24日、2025年1月26日、2月23日、3月23日

お問い合わせはこちらのホームページのフォームから(世話人 安西創)
https://r.goope.jp/sougakusha/

中国音楽の小学校「創樂社」主宰 安西創(あんざいはじめ)
湯島聖堂芸術講座「中国音楽入門」講師
生徒さん随時募集中 https://r.goope.jp/sougakusha/

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