玩琴趣談4 「あの楽器」の祖先「笙」

玩琴趣談4 「あの楽器」の祖先「笙」

東京で二胡や中国音楽のレッスンをしている安西創と申します。そんな私が中国の楽器をちょっとだけディープに紹介する「玩琴趣談」も4回目を迎えました。過去の記事は以下の通りです。ぜひ合わせてご覧ください。そして何気なく聴いていた民族音楽や、そこに使われる楽器の輪郭が以前よりくっきりと浮かび上がって来たら幸いです。

第1回「笛子」第2回「小三弦」第3回「高胡」に続いて今回は「笙(しょう・Sheng)」を取り上げます。

多くの日本人は「笙」と言えば奈良時代に伝わって来た「雅楽」に使われている楽器を思い浮かべる事でしょう。もっとも身近なところでは神社雅楽の三管の一つとして、龍笛(りゅうてき)、篳篥(ひちりき)と共に結婚式や祭礼などで目にする、耳にする感じでしょうか。そもそもが宮中の音楽に使われていた楽器ですし、高貴なイメージを持たれているのではないかと思います。ところが中国では冠婚葬祭などの民間音楽からお芝居まで、幅広いジャンルに使われていて、とても身近で欠かせない存在なのです。

笙(しょう・Sheng)

筆者蔵の十七管笙(小笙、蘇笙)30年ほど前に蘇州で買ったもの。今では木製の楽器は殆ど見かけられなくなりました。現代の物は多くが金属製の胴体(琴鬥・きんとう・Qindou)です

「笙」の起源は紀元前「殷」の時代まで遡る事ができます。古名を「匏(ほう・Bao)」とも呼び、素材によって楽器を分類した「八音」の中では「瓠(ひさご・Kua、ヒョウタンのこと)」に分類されます。竹が差し込んである胴体の部分がヒョウタンで作られていたからですが、現在も少数民族が使う「芦笙(ろしょう・Lusheng)」の中にはその名残があるものの、多くの楽器は木製もしくは金属製になっています。

古い形の笙は正倉院の御物にもその姿を求める事ができます。似ていますが、大型の物は「竽(う・Yu)」と呼んで区別します。リンクからご覧ください。

さて、笙の演奏上の最大の特徴の一つはなんと言っても「吹いたり吸ったりして演奏する」ということ。しかも「吹いても吸っても同じ音がする」ことではないでしょうか。この特徴故に息継ぎの切れ目なく長く演奏を続ける事ができる稀有な楽器です。「吹いたり吸ったりするのはハーモニカと同じだな…」と思った方もいらっしゃることでしょう。それもそのはず、笙は音楽史的な事実として、オルガン、ハーモニカ、アコーディオンの先祖なのです。

大航海時代に世界各地に散らばって行った宣教師らによってヨーロッパにもたらされた笙。その音色の美しさや、ヨーロッパにはなかった発音の仕組み(金属片=リードが風で振動して音が出ます。これを「汽鳴楽器」と呼びます)に魅せられ、極限まで巨大化し、それがパイプオルガンになったり、逆に手のひらサイズのハーモニカになったり、更にそれを手で弾こうというコンセプトで蛇腹が付いてアコーディオンになって今では世界中で愛されているのは、歴史の偶然・いたずらが成し得た結果の面白さといえるのではないでしょうか。アコーディオンやハーモニカの音色をなんとなく懐かしく感じる人はいませんか?もしかしたら、それはアジア起源の楽器に由来しているからなのかもしれませんね。

笙(しょう・Sheng)の金属リード

白っぽく見えているのが金属製のリード。赤くて丸い部分は松脂や蜜蝋の混合物。その重りの分量を調節して調律します。

笙(しょう・Sheng)のリード
ご覧の通り、アコーディオンやハーモニカも笙と同じく細長い金属製のリードに空気を送って音を鳴らす仕組みです(アコーディオンの一種「シュタイリッシュ・ハーモニカ」のベース部分を分解したところを撮影したもの)

そして笙のもう一つの演奏上の大きな特徴は和音(同時に2つ以上の音が鳴ること)が出せる事です。笙は息を吹き吸いする時に竹に開けられた穴を指で塞ぐと、その音が鳴ります。必要な音を必要なタイミングで押さえれば同時に複数の音を鳴らすことができます。

広く使われている「伝統笙」のデモンストレーション  香港中樂團 楊心瑜女士

以前は多くの地域で17管の伝統的な笙が使われて来ましたが、近現代では音域も音数も多い21管や36管の改良楽器や、ベース部分を担当する「低音笙」まで目的用途の違う様々な笙があります。元々は細かいメロディを吹くと言うよりは、アンサンブルの中で大きく旋律の流れをサポートしながら和音を担当する役割を負う重要な楽器でしたが、今では様々な技法を凝らした独奏も多く聴かれます。

音域が広く多彩な技法を駆使した独奏も魅力の三十六管の改良笙(高音笙とも呼びます)による、バイオリン曲「ツィゴイネルワイゼン」。遠くの穴を押さえるために、クラリネットのようなキーも付いてます。

低音笙のデモンストレーション。もはやオルガンですね!

ユネスコの世界無形文化遺産に指定されている世界最古の演劇といわれる事もある「崑劇(こんげき・Kunju)」では、「曲笛(きょくてき・Qudi、竹の横笛)」、「小三弦(しょうさんげん・Xiaosanxian、ヘビ皮を両面に貼った三味線)」と並んでの伴奏楽器の「三大件(三つの重要な楽器)」の一つに数えられていますし、各地にある吹打楽(吹奏楽器と打楽器の合奏音楽)や笙管楽(主に華北に見られる形態のアンサンブル。笙と篳篥やチャルメラを主奏とする)などでも、伴奏楽器として、野外や打楽器と一緒でもしっかり聴こえるだけの豊かな音量と曲の進行が分かりやすくなるハーモニー、そしてリズムをキープする役割を負っています。

崑曲「牡丹亭」より

笙管楽の例(河北省)

全国各地、様々なスタイルで演奏される笙。個人的な感想ですが、いずれにしても共通するのは、笙が加わるとその音色が場の空気全体をふわりと包んで支配する事と、合奏の場合は楽器や声などのブレンドが格段に良くなる事でしょうか。それはオルガンやアコーディオンの音色にも受け継がれていて、宗教施設での演奏や、ダンスの伴奏音楽などで人々の耳と心を虜にして来た素敵な音色である事に異論は少ないと思います。

中国では広く使われている笙ですが、残念ながら現在日本で活躍されている笙のプロ中国人奏者は「銭騰浩」氏ただお一人だと思います。興味がある方は銭氏が出演する演奏会をチェックしてみてはいかがでしょうか(2024年7月現在、直近の公開されている予定はありませんでした)。

また、二胡、中国音楽の創樂社でも笙の手ほどきをしますので、気軽にお問い合わせください。第4日曜日に御茶ノ水の湯島聖堂で活動している江南絲竹の愛好会「進韻會」でも合奏に笙を加える事があります。興味がある方はぜひ見学に来てください(要予約)

二胡・中国音楽教室「創樂社」
https://r.goope.jp/sougakusha

笙の音色が大好きで、プロのアコーディオン弾きでもある私としては、世界中の音楽に大きな影響を与える存在だった中国の笙の事は、もっと広く知ってもらいたいですし、実際に取り組む人が増えたら嬉しいと常々思っています。

Writer
記事を書いてくれた人

ライター安西 創さん
安西 創

プロフィール

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