マレー系、中国系、インド系といった多民族国家のマレーシア。当サイトでも紹介している「南洋中華」に分類されるポピュラーな料理のひとつに「肉骨茶」があります。
福建語読みで「バクテー」と呼ばれるこの料理は、豚スペアリブ入りの漢方スープのことで、現地では専門店が数多くあり、肉骨茶が入ったアツアツの土鍋を囲む客の姿が多くみられます。
日本で肉骨茶というと、10年前に東京・北区にマレーシア肉骨茶の店「A1肉骨茶」が開業し、マレーシアメーカーの加工調味料「A1肉骨茶の素」もスーパーマーケットで入手可能に。また、マレーシアレストラン監修の温めるだけで食べられる肉骨茶のレトルト食品がコンビニエンスストアの棚に並ぶなど、日本でも肉骨茶が気軽に食べられるようになりました。
マレーシアと同様に肉骨茶をローカルフードとする隣国シンガポールも肉骨茶専門店が港区赤坂にオープン(すでに閉店)、日本そばチェーン店「名代 富士そば」がシンガポール肉骨茶をアレンジした「バクテーそば」を数年おきに期間限定販売するなど、肉骨茶という料理が知られるようになりました。
嬉しいことに新しいマレーシア肉骨茶の専門店がオープンしたという情報を聞きつけ、うかがってみました。
肉骨茶発祥の地クランの味
東京・新宿区百人町。JR新大久保駅を中心に、韓国、中国、ネパール、といったアジア諸国の飲食店や食材店がひしめき合う異国情緒あふれるエリアにその店はありました!
訪れたのは、2023年10月にオープンした「南洋叔叔肉骨茶(ナンヨウシュシュバクテー)」です。JR新大久保駅から徒歩2分ほどの近さ。この場所、以前は高田馬場にも店がある羊肉料理の「居酒屋 小満」がありましたね。
26席ほどの店内には、レトロチャイナなイラストが飾られていて、かわいらしい印象です。
聞けば、マレーシアでデザインを発注されたものだとか。描かれているのは、中国・広州の町なかの光景です。店名にある「南洋」とは、中国南部の広州を示す言葉ともいわれ、広州からも数多くの人たちがマレーシアやシンガポールなどの東南アジアへと移住していきました。
テーブルにはアジア圏でよくみかける縁起の良いニワトリ柄の箸立てや爪楊枝入れが置いてあり、食器も同じくニワトリ柄です。大きなマレーシアの国旗も飾ってありますが、マレーシア人は国旗が大好きで、現地でも大小いくつもの国旗を掲げる店がたくさんあります。これらの備品もマレーシアから届いたもので、現地の雰囲気をうまく演出していますね。
私は、オープン以降、肉骨茶が気に入り、何回もお店に伺っているのですが、行くたびに笑顔で接客してくださっているのが、今回お話を聞いた店長の袁 陽さんです。
初めてお店の肉骨茶を食べた時、しっかりと肉骨茶独特の漢方の香りや味わいがあり、あまりのおいしさにびっくりしました。というのも、店舗のある場所柄から“マレーシアといっても、中国寄りの別物なのではないか?”と疑っていたからです。
袁さんにお話を聞いていて、すぐに疑問は解決しました。
肉骨茶の発祥といわれているのは、首都クアラルンプールから車で40分ほどの港町クランです。そのクランに60年ほど続く肉骨茶の名店が東京のこの店を監修したというのです。日本支店ということではなく、あくまで監修とのことですが、味はもちろん、メニューも現地に合わせているとのことでした。
日本での開業のきっかけは、東南アジアを巡っていた同店の代表が店の味に惚れ、縁あって半年ほどの準備期間を経てオープンとなりました。現在、店にはマレーシア出身のスタッフも常駐して店の味を守っています。
スペアリブ、豚足、エビ、アサリ、レパートリー豊かな肉骨茶
肉骨茶の始まりは、「漁港の労働者が活力をつけるために廃棄する骨付き肉をスープにした」ことや、「福建省出身の中国人による漢方茶との融合料理」というように、諸説あります。
豚スペアリブ入りがスタンダードなのですが、発祥の地といわれるクランでは豚足や豚バラ肉も主力メニューだったりします。
主役となるのはスープ。見た目よりすっきりとした味で、豚肉のうま味もたっぷりです。
要となる漢方は現地同様に、中国料理の独特な香りを象徴する「八角」、血行促進とされる「当帰」、滋養強壮とされる「党参」など、根茎類をはじめとする13種類の漢方を使用しています。店内にも使用している漢方が飾られているので、チェックしてみてください。
肉骨茶に使用する豚肉を漢方や中国たまり醤油をはじめとする調味料とともに、3時間ほどじっくり煮込んでいきます。1日で仕込む量は45kgにもなるそうです。注文ごとに、具材を土鍋に移して、仕上げの調理をして提供します。
今回、ランチ後のアイドルタイムに伺ったので鍋の中はほとんど残っておらず、一日の中で3回も仕込みを繰り返すそうです。
香りよし!うま味よし!骨離れよし!
この片手鍋は現地でも定番の提供方法で、この器を見ているだけでテンションが上がります。豚スペアリブは、じっくり煮込まれることでほろりと骨離れしてやわらかです。
「熟地黄」という地黄を蒸して乾燥させた漢方と、中国たまり醤油の老抽によって深みのある黒色のスープになります。少し甘みがあり、漢方の深みが広がったと思えば、意外なほどにすっきりとした後味で、これはクセになりますよ。
鍋には他に、レタス類、マッシュルーム、油揚げが入っています。現地流ではもっと具材が入っていることが多いので、同店でも追加のトッピングが用意されています。肉や野菜など10種類以上の具材をお好みで追加(150円~)して、自分だけのオリジナル肉骨茶にしてもよいですね。
では、お店おすすめの食べ方を試してみましょう。
豚スペアリブをたれにつけて食べましょう!
唐辛子とニンニク入りの醤油たれは、マレーシアでも定番のたれです。
鍋の〆のように、おじやにして食べましょう!
スープを少し残してごはんを入れます。これがまたクセになる食べ方で、スルスル食べられるのです。逆に、ごはんにスープもかけてもOK。
油条もスープに浸して食べるとおいしく、肉骨茶に欠かせないアイテムです。
もうひとつ、私がこの店を気に入ったおすすめポイントがあります。それは、ごはん。
おいしさの秘密は「油飯」です!
一口食べて、「うまーい!何杯でも食べられる!」と興奮しました。というのも、マレーシアやシンガポールで食べた海南鶏飯のごはんと同じ香り、おいしさなのです。
その香りというのは、「東洋のバニラ」といわれている香りつけのハーブであるパンダンリーフ。パンダンリーフと油脂分を加えてお米を炊くと甘く豊かな香りと艶やかな米粒の油飯が完成するのです。
パンダンリーフは東南アジアではポピュラーなハーブで料理やお菓子によく使われています。日本ではアジア食材店で手に入りますが、一般的には珍しいので、ぜひごはんのおいしさをかみしめてみてください。
続いては、肉骨茶の変化球! メニューにあったら絶対注文したい一品です。
現地では「ドライバクテー」と呼ばれている汁なし肉骨茶。これをメニューに見つけた時は、思わず「やったー」と声が出たほどです。現地の肉骨茶店でもすべての店にあるわけではないので、覚えておくとよいメニューといえるでしょう。
肉骨茶をさらに煮詰めて、老抽で絡めて水分を飛ばしていきます。見た目からもわかるように甘辛い味なのですが、うま味もすごいです。味のポイントは「するめ」。とにかくいい仕事をしてくれて、うま味が一気に口の中に広がります。
肉骨茶は、全部で8つの種類があり、「汁なし薬膳土鍋」以外は、油飯とのセット提供がされています(1080円~)。内容が変わることもありますが、モツや背中の部位を使用した「おまかせ肉骨茶セット」(1080円)※写真左 や、豚足や豚バラの肉骨茶も食べ応えがあります。
また、現地のお店が海鮮を得意とすることから、白身魚やアサリを使用した肉骨茶やエビ入りの肉骨茶「エビ肉骨茶セット」(1580円)※写真右 もおすすめだとか。いろいろと試してみたくなりますね。
肉骨茶専門店ですが、ディナータイムメニューには、炒め物も充実しています。
店長袁さんのおすすめです!
同店自慢の一品です。たっぷりのあさりに、たっぷりの特製ソースが絡んでいます。特製ソースは、大豆を発酵させた黄豆醤やネギ、唐辛子、月桂樹の葉など、複数の食材が入った辛味ソースで、アルコールがすすむおいしさです。
あさりの炒め同様に、私が気に入ったのがエビの炒めでした。大きく食べ応えのあるエビに、辛味が効いた特製ソースが食べ応え抜群です。
他にも、レタスがモリモリ食べられる「レタスのネギ油かけ」(880円)、「鶏肉とジャガイモの炒め」(1980円)など、マレーシアにいるような気分になれる料理が揃っています。
料理長の王さんは吉林省出身ですが、マレーシア料理が得意で中国でもマレーシア料理店で3年働いていた実力者。厨房でテキパキ調理する様子を見ていても、料理を食べても納得のおいしさです。
袁さんは、「場所柄、中国人の行き来も多いことから、当初は中国人の来店を見込んでいましたが、日本人も多く来店されてうれしいです」とおっしゃいます。
温かい肉骨茶は、寒い冬に食べるのはもちろん、働くエネルギー源にもなった料理なので、パワーをつけたい時にもガッツリ食べていただきたいですね。
取材後、日を改めて東京ディープチャイナ研究会の方々と訪れましたが、ランチタイムにディナーメニューを注文しました。注文はできるとのことですが、品切れの場合もありますので、ご確認ください。記載の価格は税込み料金です。
(伊能すみ子)
店舗情報
南洋叔叔肉骨茶(ナンヨウシュシュバクテー)
新宿区百人町1-10-10
新大久保KMビル B1F
11:30 ~ 22:30