これまで中華料理に合わせる飲み物はビールや紹興酒だと思われていましたが、最近ではワインも注目されています。
なかでも「蛇龍珠(シャーロンジュウ)」と呼ばれる中国の地ブドウは、中華調味料のニュアンスが強く感じられるため、四川料理などの辛い料理と相性の良いワインとして一緒に飲まれているケースが見られます。
日本の中華料理レストランでも、ワインとのペアリングを重視したお店が増えています。
それらのお店でサービスされているのは、フランスやチリなどのワインが多いですが、いくつかのお店では「中国産ワイン」を提供しています。
中国とワインの組み合わせは、なかなか結びつかないかもしれませんが、広大な中国にはワイン生産に適した乾燥した大地が広く点在しており、この10年ほどで素晴らしいクオリティのワインが続々と登場しています。
日本ソムリエ協会発行のソムリエ教本(2022年版)には、2018年の中国は世界第10位のワイン生産量と世界第5位のワイン消費量であると記載されています。中国はまさに「隠れたワイン大国」であるということができます。
さて、2021年に日本のワイン愛好家の間で話題となった中国山東省煙台産の赤ワイン「ロンダイ(瓏岱)」を皆さんはご存知でしょうか?
「ロンダイ」は、まずその希望小売価格が実に税込8万8000円であること。そして、フランスボルドーの歴史ある1級シャトーである「シャトー・ラフィット※」が中国で10年以上の歳月を費やして作ったワインであることが、多くの人々に驚きを持って受け入れられました。
※シャトー・ラフィットは1855年に制定されたボルドーのメドックの格付けの中で最高の「5大シャトー」の筆頭として、現在でも評価されています。
「ロンダイ」は、ほのかにブルーベリーなどの黒系果実、ナツメグやリコリスのようなスパイシーなニュアンスのある香りを持ち、空気に触れると徐々にロンダイのテロワールのマルスランを象徴するようなスミレなどの花の香りになります。ブラックベリーなどの凝縮した果実味、樽熟成由来のココアのような風味もあります。豊潤でエレガントなタンニン、きめの細かい骨格で長い余韻を楽しめる、ハイレベルの国際品質を持ち、まさに8万8000円の価値を持ったワインです。
中国滞在経験があれば、スーパーで買った砂糖入りの甘いワインなど、中国ワインについてネガティブなイメージを持っている方もいらっしゃるかもしれません。でも、時代は変わりました。ではなぜこれほど国際的に評価が高い中国ワインが生産されるようになったのでしょうか。いくつかの理由があります。
そもそも中国には長いワインの歴史があります。
中国では2000年以上前の「漢代」のワイン壺が出土していますが、李白や杜甫などの多くの詩人がワインをテーマとした漢詩を詠んでいます(彼らが飲んでいたそれはアルコール度も低く甘い味で現代の私たちが想像するワインとは違っていたようですが……)。
この漢詩は唐代に王翰(おうかん)が中国内陸部で詠んだ涼州詩です。その中で『葡萄の美酒=ワイン』が詠われています。
その後の宋や清の時代には、紹興酒や白酒などが隆盛となり、ワイン生産は一時停滞してしまいました。ところが、約130年前に山東省がドイツ領であった頃から西洋的なワイン生産方法が導入されました。その地に中国人が設立した「張裕(チャンユー)」は、中国でも最も歴史があって生産量の多い、現在でも中国で最有力なワイナリーのひとつとなっています。
中国にはワイン用のブドウの栽培環境に恵まれた地域がたくさんあります。
ワイン用ブドウには「乾燥した気候に適応しており、雨が多い気候には弱い」という特性があります。日本のように梅雨や台風の多い湿潤な気候だと、ブドウの樹が成長しすぎて、肝心のブドウに栄養が十分に行き届かなかったり、カビや各種病気の発生などがあり、健全なブドウの生育が妨げられてしまいます(実際に日本の環境で健全なワイン用のブドウを栽培するには大変な労力が必要となっています)。
一方、中国では、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠などの年間降雨量200ミリといった乾燥した砂漠地帯で多くのブドウが栽培されています。砂漠地帯は、昼夜の寒暖差も大きく、これもワイン用ブドウ栽培にはプラス要因です。つまり、ワイン生産にとって中国は「理想的な環境」であることがわかります。
こうした恵まれた環境のなかで、中国全土に大小さまざまなワイナリーが誕生し始めています。年間生産量が1億本を軽く超えるものもある一方で、家族経営の年間生産量が1万本に満たないワイナリーも多くあり、まさに中国ワインは多様性を持った発展を遂げている最中です。
そして、中国企業のみならず、先ほどの「ロンダイ」を生産したシャトー・ラフィットのような欧米のワインメーカーが次々とワイナリーを開設しています。中国資本のワイナリーでも、コンサルタントとして欧米人の専門家の力を借りています。その結果として、近年の中国ワインの品質のはっきりとした向上が見られるようになりました。
欧米のワインコンクールでの受賞も増えていますし、海外のワイン評論家が中国ワインを高く評価するなど、まさに中国は「21世紀のニューワールドワイン」と呼ばれるに値するワイン生産国として認識されつつあります。
中国ではワイン生産に関する法整備も進んでいます。
2008年には、フランスやイタリアなどの欧米の「原産地統制法」を参考にした法律が寧夏回族自治区で制定されました。
「ワインベルト」と呼ばれる良質なワインを生産しているフランスやカリフォルニアと同じ北緯38度に位置する「寧夏回族自治区賀蘭山東麓産のワイン」を名乗るためには、同地域で栽培されたブドウを100%使用してワインを醸造しなければならないというものです。
また、ワイナリーの格付けも、フランスのボルドーのサンテミリオンと同様の制度を採用しており、ワイナリーの等級を一級から五級までのカテゴリーに分類しています。これが数年ごとに行われる審査によって一級ずつ昇格して行きます。
2022年現在、二級に9のワイナリー、三級に15のワイナリー、四級に18のワイナリー、そして五級に15のワイナリーが認定されています。
その規定には、もちろんブドウ生産する地域の規定などが盛り込まれていますが、中国の面白い基準のひとつに「観光産業としてのワインツーリズムの施設を有しているか?」というものがあります。
「ワインツーリズム」はワイン産地において、ブドウ畑やワイン製造を通じて地域の風土や文化を知る旅行スタイルです。特に有名なのがカリフォルニアのナパであり、観光の目玉であるワイントレインでの列車旅行や、数々の有名ワイナリーでワインの試飲や購入を人々は満喫しています。欧米のワイン産地では、このようなワインを中心としたワインツーリズムが地域の重要な観光資源となっています。
中国寧夏省でも、同様の「贺兰红专列」というワイントレインをコロナ禍以前は、北京から寧夏まで走らせていました(現在は残念ながらワイントレインは運休中のようです)。
このように寧夏省では、北京や上海の富裕層を対象に、ワインという商品を通じた観光産業の活性化に向けて邁進しています。近い将来にコロナ禍が過ぎ去ればワイントレインも復活すると期待されています。かつては、羊毛や石炭などの産業しかなく、中国で最も貧しい地域のひとつであった寧夏省がワインを通じて経済発展を期待されているのです。
これまで中国の富裕層は、自国のワインの多くが大量生産のテーブルワインだった影響で、欧米のものより一段下に見ていました。ところが、アメリカやオーストラリアとの関係が悪化し、それらの国のワインに中国が高額な関税をかけたことや、コロナ禍による物流の混乱で欧米のワインが手に入りにくくなりました。その結果として、欧米の高級ワインの代替品として中国産高品質ワインが注目され、北京や上海での中国ワインの消費量が伸び始めています。
今後とも中国産高品質ワインは中国全土でその消費量は拡大していくことが予想され、さらには日本のワイン市場にも認識されることが期待されています。
最後に、中国のおもなワイン産地を紹介します。
山東省 | 煙台や青島など、中国ワイン生産の大半を占めています。 |
山西省 | 山西省以外にも、北京郊外に位置する河北省、河南省などでもリーズナブルなワインを多く生産しています。 |
寧夏省 | 賀蘭山東麓が中国で初めて原産地統制法で法的に保護される高品質生産地、現在一級から五級まで5つのクラスに分類。 |
新疆(ウイグル)地区 | 乾燥したタクラマカン砂漠から高品質ワインが生まれています。 |
雲南省 | 100年近く前にヒマラヤの麓で宣教師がワイン生産を始めた地域、標高の高い畑からはエレガントなワインができます。 |
また以下は、中国語のブドウの名称です。
赤ワイン
赤霞珠 | カベルネソーヴィニョン |
蛇龍珠、蛇龙珠 | シャーロンジュウ,百年以上前に中国にきた欧州系ブドウ。 カルメネールやカベルネフランの自然交配 |
梅楽、美楽、梅鹿 | メルロー |
品麗珠、品丽珠 | カベルネフラン |
黒比諾、黑比诺 | ピノノワール |
西拉 | シラー |
馬瑟蘭、马瑟兰 | マルスラン,南仏原産のカベルネソーヴィニョンとグルナッシュの交配品種。 病気に強い |
北玫:ベイメイ | 山葡萄の遺伝子を持つ耐寒性のあるブドウ |
白ワイン
霞多丽、霞多丽 | シャルドネ |
贵人香 | リースリングイタルコ、ヴェルシュリースリングイタルコ |
雷司令 | リースリング |
(青山宗典)
青山宗典 Munenori Aoyama
都内で最も中国ワインの品揃えの多い(と一部で評判の)ワインショップ「パンダワイン」を文京区本駒込で経営中。2004年にワーホリで滞在したフランス・ブルゴーニュのワイナリーの仕事を通じてワインに目覚め、2008年上海人のワインインポーターに誘われ中国・上海に渡る。中国寧夏省のワインをはじめ、高品質中国ワインの魅力に目覚め、日本のワインラバーに伝えるために目下奮闘中。