中国四大菜系のひとつ「淮揚菜(※1)」が生まれた街、東山魁夷が描いた痩西湖で知られる江蘇省揚州市。
ですが、上海に住む私にとっては、「上海から近いのに香港っぽさを味わえる街」だったりします。なぜかというと、広東料理よりも古いといわれる早茶(朝の飲茶)の文化(※2)があるから。
早朝、老舗食堂で地元の人たちがお茶と点心を楽しみながら、世間話をしたり新聞を読んだりする様子は香港の下町のレストランの風景そのもの。
来るたびに毎回「なぜこの文化が上海まで届かなかったのだろう」と思ってしまいます。
そんな揚州の早茶文化が上海人の間でも注目されつつあるようです。
理由としては、2020年末に高速鉄道が乗り入れる新駅「揚州東駅」が竣工し、上海から2時間以内で行けるようになったこと。そして近年、「素朴、シンプル、スローなご当地料理」が若い世代の注目を集めるようになったことなどが挙げられます。
ということで、私も久々に「揚州朝ご飯旅」に出かけてみることに。
旅のコツは、到着後早めに寝て「茶社(早茶のお店)」がオープンする朝6時半には店舗めぐりを開始すること。行くのは平日がお勧めです。土日祝日の午前中遅めに行くと、観光客で行列ができてしまうので注意が必要です。
「茶社」はお茶と揚州式の点心を出す食堂を指します(その他の地域では、茶葉を売る店、茶館などを指す場合があります)。揚州では、茶館よりも食堂色が強く、香港の茶餐廳のような洋食メニューはありません。早朝から営業しており、主に朝食を提供します。
それでは以下、今回の旅でめぐったお勧めの3店舗をご紹介したいと思います。
まずは揚州でもっとも有名な「富春茶社」へ。創業は1885年とのことで、金物屋が軒を連ねる古い路地の奥にお店があります。
最初にここで揚州早茶の洗礼を受け、香港の飲茶との違いを理解すると2軒目からのオーダーの仕方が分かってくると思います。
基本ルールは、どのお店も相席だということと、注文と支払い後に席を探して着席することです。
ということで、まずは初心者向け。35元の盛り合わせをオーダーしてみました。
写真の右上から時計回りに「千層油糕(チェンツァンヨウガオ)」「蟹黄肉包(シエホワンロウバオ)」「三丁包(サンディンバオ)」「海鮮餃(ハイシェンジャオ)」「菌菇包(ジュングーバオ)」。真ん中が「翡翠焼売(フェイツイシャオマイ)」です。
広東式点心との違いは「モチモチ、プリプリ」ではなく、「ふわふわ、ジューシー」なところ。一般に広東では、エビなど海鮮のプリプリ感を楽しむもの、腸粉の皮や大根餅、ナツメ餅などモチモチ食感を楽しむもの(ほか、パイ系のサクサク感など)が多いです。一方、揚州の点心は蒸した粉物がメインなので、ふわふわ食感のものが多いのです。饅頭系には甘めの醤油やショウガで味付けしたジューシーな餡が入っています。
ひとつが想像より大きいのですが、あっという間に完食してしまいました。
揚州点心の代表格「千層油糕」は、生地が層になっている蒸しパンのようなもの。今回初めて食べたのですが、蒸したてのふわふわ感と久々に味わった「普通の白砂糖のほのかな甘さ」に感動してしまいました。
お茶は揚州の中国茶「魁龍珠」一択だったのでそれをオーダー。
「魁龍珠」は緑茶の一種で、浙江省や江蘇省、安徽省が産地のため「三省茶」の別名があります。取材した「富春茶社」は、古くから揚州市内に自社の茶葉農家を持っており、昔からこのお茶だけを出しています。
店で茶葉を買い、テーブルのポットのお湯を自分で入れるシステムです。しっかりと濃い緑茶で、これに「千層油糕」がぴったりでした。
包子はどれも具がたっぷり。肉やきのこがざく切りで、甘めの醤油やごま油の風味が効いています。どれもつけダレ不要のおいしさでした。
2軒目は「五亭吟春茶社」へ。
先ほどの「富春茶社」は有名店だけあって観光客も多い老舗なのですが、こちらは普段着の揚州が見られる庶民派。
今回も店内は地元の常連らしき人たちばかりでした。店員さんがわざわざ私のテーブルまで「どこから来たの?」と聞きにくるほどのアウェー感を楽しめます。
今回は単品で「灌湯包(グアンタンバオ)」(10元)と、リピートで「千層油糕」(2.5元)をオーダー。
ストローが刺さった「灌湯包」は肉汁と甘口醤油味の濃厚なスープがたっぷり。基本の「千層油糕」は、お店によってふわふわ具合いと甘さが違うんだなということを確認できました。
最後に訪れたのは「粗茶淡飯」。
揚州の観光ストリート「東関街」にあるのですが、昔のままの雰囲気を保っていて、地元の人にも人気のお店だそう。
こちらも名物は揚州らしい小吃の数々。蒸籠に入った粉物だけではない、独自の早茶を楽しむことができます。
オーダーしたのは看板メニューの「桂花藕粉圓(グイホアオウフェンユエン)」(8元)。
日本語で説明するなら、レンコンの粉でつくった白玉団子でしょうか。私も初めて食べましたが、タピオカそっくりのもちもち食感にびっくり。中には香ばしいごま餡が入っています。
もうひとつはお馴染み「紅焼獅子頭(ホンシャオシーズトウ)」(12元)。
肉団子は淮揚菜を代表する料理の一つで、最初に文献に出てくるのは隋の時代だそう。揚州は「肉団子発祥の地」といってもいいのかもしれません。
が、本場ではかなりカジュアルな存在。朝ご飯、おやつ、麺料理に足すなど、1個からオーダーできるのが普通だそう。箸でほろっとくずれるような、粗くまとめた豚ひき肉に甘めの醤油とショウガの風味がしっかり染み込んでいます。
以上、「揚州らしい極細路地めぐりの途中で行ける」ということを条件にこの3軒を選んでみましたが、揚州市内にはまだまだ無数に「茶社」があります。
庶民的な老舗以外にも、ホテル内の高級レストラン、小舟で痩西湖を遊覧しながら早茶を楽しめるお店(朝7時発)、高速鉄道の駅構内などにもあるファストフード系チェーンなど形態もさまざま。
しかも、それ以外にも揚州には「揚州炒飯(ヤンジョウチャオファン)」「燙干絲(タンガンスー)」などの定番名物のほか、ガチョウ料理、淡水のカニ料理、さらに「水晶肴肉(シュイジンヤオロウ)」などのお酒のおつまみ系も有名だったりします。
上海市内には老舗の「揚州飯店」や、「鹿園」「逸道」などのミシュラン星付き高級淮揚料理店しかなく、庶民的で評判がいいガチ揚州料理店はまだない状態。
東京には揚州がルーツの料理人が多いと思うので(学生時代、バイトしていた中華料理店の厨房にもいました)、彼らが独立して朝ご飯のお店を開いたら、話題になるのではないでしょうか。
※1 淮揚菜
揚州淮安料理のこと。清朝初期に知られていた中国四大菜系(4大料理)の魯菜(山東料理)、川菜(四川料理)、粤菜(広東料理)、淮揚菜(揚州淮安料理)のひとつ。起源は前漢。河鮮(淡水の魚介)や豚肉、豆腐などを用いる料理が多く、味付けは比較的薄味。北京、上海、広東、四川のいわゆる四大料理は後世に呼ばれるようになったもの。
※2 早茶(朝の飲茶)の文化
広州の早茶は咸豊年間(1851-1862年)に「一厘館」という店が始めたとされる。揚州早茶の期限は、乾隆年間(1736-1796年)に創業した揚州市内の「趣園茶社」(百度百科より)。広州は、商談の場として発展。揚州は北京と杭州をつなぐ京杭大運河の中継地点として商人が集まったこと、周辺が茶葉の産地だったことから発展したとの説。
店舗情報
富春茶社
揚州市国慶路得勝橋35号
6:30-13:30 16:00-19:30
五亭吟春茶社
揚州市国慶路95号
6:30-14:00 17:00-20:30
粗茶淡飯
揚州市東関街207号
9:00-23:00