中国も新茶の季節です。
最近、中国茶好きの間で注目を集めているお茶といえば「野生茶」。
農園で育てられた茶葉ではなく、その茶葉の原産地付近の山に自生しているお茶の木から摘んだお茶です。
魅力は、人の手で管理されていない味を楽しめることと、もちろん無農薬なこと。それと、大量生産できない点。知る人ぞ知る存在なので、「小衆(マイナー、ニッチ)」好きに刺さっているようです。
茶葉が大きいことでも有名な中国緑茶「太平猴魁」を摘みに
「野生茶」の存在を最初に私に教えてくれたのは、中国茶の焙煎師、茶葉質検員(茶葉の品質検査師)として活動する友人の何小玲さん。
専門は「太平猴魁(タイピンホウクイ)」という緑茶の野生茶で、山で摘んだ茶葉を、電気がなかった時代の茶人たちと同じように炭火と手で焙煎している人です。
この方法で「太平猴魁」をつくっているのは中国では彼女だけ。そのため、毎年焙煎する前に予約販売枠が埋まってしまうとのことでした。
今回私が出かけたのは、その何小玲さんの仕事場。場所は「太平猴魁」の原産地、安徽省黄山市猴坑村です。
「黄山の近くか」と思った方もいるかもですが、黄山市の面積は約1万㎢と超広大。猴坑村は、高速鉄道の黄山北駅から、細い山道を車で2時間走ったところにある秘境にあります。
「太平猴魁」の新茶が採れるのは4月中旬の約2週間。
お茶の木が自生するのは猴坑村に隣接する鳳凰山です。標高は約900mとそれほど高くはないのですが、ヘビ、濃霧、イノシシが出る滑落しやすいキツい山。登山向けではない山を、登山目的ではなく登ったのは初めてでした。
が、お茶の木と新芽を見つけると夢中になってしまい、朝5時起きだったのも忘れて午後まで茶摘みに没頭してしまいました。
下山後はザルに茶葉を広げて乾燥させ、炭火で焙煎を繰り返して完成。
同じ緑茶でも龍井茶とはまったく異なる、ランの花のようなさわやかな香りが焙煎小屋に充満します。
何小玲さんは野生茶と炭火、手での焙煎にこだわっていますが、猴坑村のなかにあるいくつかの工房では、農園で栽培された一般流通用の「太平猴魁」がつくられています。
見学させてもらったのですが、「太平猴魁」ならではの細長い茶葉を形成するベルトコンベアや、電気プレス機で製造されていました。それでも、一杯のお茶がつくられるまでにかなりの行程と人手、時間がかかっています。
そんなお茶の村・猴坑村ですが、お茶づくりに関わっている人のほとんどは他地域から来た人だそう。
主に茶葉専門の人材の派遣会社から来た作業員が働いています。地域や茶葉ごとに生産の時期が異なるため、それに合わせて全国をまわっているとのこと。
「地元の人が家族経営で」というパターンは、どこの産地でも超少数派なのだそうです。
何小玲さんも出身は四川省で、茶摘みのシーズンだけ猴坑村に小屋を借りているそうです。
シーズン中の食事づくりなどは何さんのお母さんが担当。そのため、今回ご馳走になった日々の食事は四川の家庭料理でした。
ガチ中のガチ四川料理。香腸も手作りだそう。
「麻」な風味は強すぎず、食材の旨味の方が濃厚。登山の疲れもあって、白ごはんやお粥がとにかく進んだ。
興味深いのは、工房によって派遣作業員の出身地も変わるということ。村内には、安徽省の他地域や河南省から来ている人も多いとのことでした。そのため、お茶の産地では一つの小さな村のなかでさまざまな地域の家庭料理がつくられているのです。
しかも村にはスーパーがないので(もちろん食堂もありません)、近所の畑の野菜や山で採ってきたタケノコ、地鶏、各自で持ってきた調味料や保存食(香腸やハム、乾物類)が材料。
同じような山の材料で、工房ごとに各地の料理がつくられているということです。
みんなフル稼働で夜中まで働いているため難しいとは思いますが、食事目当てで工房めぐりをしたら楽しいのではないかと思いました。
何小玲さんの工房は、本人とお母さん、アシスタントの3名だけでまわしています。人手が少ないため、毎日早朝から深夜1時まで作業しているとのこと。
今回の私のように、見学や旅行も兼ねて手伝ってくれる人は大歓迎だそうです。「アウトドア好きが集うような、春限定の民宿的なことをやりたいと考えていて」という話もしてくれました。
旅行者に作業を手伝ってもらいながら、登山茶摘み、焙煎体験、テント泊、田舎料理を楽しめるような場をつくりたいそうです。話を聞くだけでもうオープンが待ち遠しい。茶葉同様、予約が取れなくなりそうですが。
猴坑村は、1970年につくられた巨大ダム「太平湖」に囲まれた村でもあります。
湖底には、原型をとどめたままの古い村落が沈んでいるとのこと。もともとの自然環境がよく、水も青く透きとおっているため、湖底の村を見るためにダイビングをしにくる人もいるそう。
ネックは、バスやタクシーがないため知人に車を頼むしかないこと。でも、今回頼まれて来た若い運転手は、私に「日本人と初めてしゃべったよー」「中国とどの程度まで文化が同じなの? たとえば、今年は日本もウサギ年?」などと聞いてくる初々しさ。
観光客が来ない場所に足を踏み入れると、心が洗われます。
宿泊施設や食堂はないのでアウトドアの装備と食糧の持参を。または、現地の茶葉工房の人と知り合ってから。茶摘みで山に入る場合は必ず現地の人といっしょに。
近くに世界遺産の黄山や宏村があるため、猴坑村まで行こうと思う人はなかなかいないかもしれませんが、誰も行かない秘境を目指す方にはお勧めの場所です。
早く日本からの旅行が可能になりますように……。
(萩原晶子)
安徽省黄山市猴坑村
上海からのアクセス:
高速鉄道で「黄山北」駅へ(約3時間)。駅の地下駐車場から、黄山区太平行きの乗合ミニバンで終点へ(約1時間/55元)。太平から車でさらに約1時間(車は知り合いに頼む、ミニバンの運転手に相談して紹介してもらう、ミニバン終点地点で客待ちをしている運転手と交渉するなど)。
※太平が商店やスーパーがある最終地点なので、現地に知り合いがいる場合はここで食材や調味料、お酒などを買って行ってあげると喜ばれます。