玩琴趣談6 尺八の兄弟「洞簫」

新年好!2025年が始まりました。皆さんお正月はいかがお過ごしでしたか?本年もちょっとマニアックに中国の楽器を紹介する「玩琴趣談」をどうぞよろしくお願いします。早いもので今月末には春節がやって来ますね。2025年は1月29日が「農歴初一」いわゆる元日です。街中が赤色と金色に包まれ賑やかに爆竹で魔を払って迎える春節は、しみじみと除夜の鐘を聞きながら年を越す日本のお正月とはまた違ったお祭りのような賑わいがあって楽しいものです。

さて、新春に選んだ楽器は「洞簫(どうしょう・Dongxiao)」です。平たく言うと「中国の尺八」です。お正月と言えば尺八の音色を耳にする機会が多くなるので、ちょっと比較してみようと思いました。「中国の尺八」とは言いながら、雅楽器などと同じ頃日本に伝わった中国の楽器「尺八」が元になり、日本でも中国でも独自の発展をしながら現代にその命脈を保っているので、そもそも「中国の楽器である尺八」が先なのに「日本の尺八」を念頭に置いた「中国の尺八」という呼び方はどこか矛盾を孕んでいるようにも思います。因みに現代中国で「尺八」というと、日本の尺八か、古代の楽器を指す言葉で、今回お話しする「中国の尺八」こと「洞簫」を指すことはありませんのでご注意ください。ちょっとややこしい書き出しですみませんが、要は日本の管楽器「尺八」と同系統の楽器です。

さて、今回ご紹介する現代の「洞簫」は、尺八と違って細長い竹製の縦笛です。G管とF管がたいへん多く使われています。まずは正倉院御物の尺八をご覧ください。複数ある「尺八」はいずれも前面5穴、後面1穴の6穴です。これは現代の洞簫も基本的に同じですが、現代では半音が出せるように前面を7穴にした八孔の洞簫も広く用いられています。通常「六孔」または「八孔」と総数で呼びます。因みに、日本の尺八は日本の音階・音楽を奏でるのに都合良いように改良された結果、前面4穴後面1穴がスタンダードとして定着しています(多孔の尺八も存在します)

正倉院
https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures/?id=0000010054&index=1
このホームページは,奈良・平安時代の重要物品を納める東大寺の正倉院。正倉院宝物とその鑑賞を中心に紹介しています。

対して現代中国で広く使われている「洞簫」はかなりスリム。この写真の一番長い楽器は91センチありますので、「尺八(一尺八寸)」どころか三尺もあります(度量衡は時代や地域で違いがありますが…)

洞簫正面
細長い現代の洞簫。一番左が前七孔、右2本は前五孔の洞簫(北蕭・後述)全長はまちまちですが、3本とも同じ音の高さ(G調)です。筆者蔵楽器
洞簫裏面
裏側の様子。一番上の穴を親指で開け閉めして使います(その他の穴は演奏には使いません)
洞簫歌口
歌口は、尺八が外側を切り落とすのとは違って、内側を刳った作りです
歌口(前から)
歌口(前から)

ここまで当たり前のように話して来てしまいましたが、読者の皆さんは「日本の尺八」の音色をご存知でしょうか?お正月には「春の海」という宮城道雄師作曲の箏曲を耳にする機会が大変多かったと思いますが、合奏に使われている竹製の縦に吹く管楽器が尺八です。ご存知ない方のためにまずは「春の海」を。

お箏の前弾き「チャン、チャカチャカチャカチャン…」を聴けば「あぁ、あれか」と分かった方もいると思います。そう、あの曲です。この曲の冒頭「ぷおぉ〜」と聞こえる管楽器のメロディが尺八です。現代の日本にあっては、多くの人が初めて尺八の音色を認識する曲かも知れませんね。動画でお気付きかと思いますが、日本の尺八は「首振り三年」といわれるように楽器の角度を変えて、欲しい音程にしながら演奏します(「メリ」とか「カリ」と呼びます)中国の洞簫は多少のピッチの調整はしますが、構造上尺八ほど大きく音程が変えられないので、これが大きな双方の違いと言えるでしょう。

さて、話を洞簫に戻します。洞簫が使われるのは、独奏(全くの無伴奏は「清吹」と呼ぶ「独奏」ですが、その他伴奏を伴ってソロ演奏する物も「独奏」と呼びます)の他、古琴との合奏「琴蕭合奏」、また各地の合奏音楽(江南絲竹楽、廣東音樂など)にも使われます。これら合奏音楽の場合には概して音色を生かした穏やかで雅やか、物哀しい曲調に良く使われます。因みに洞簫は、その演奏を得意とし専門とする方がいる一方で、以前ご紹介した横笛「笛子」の奏者が持ち替えて演奏するのが一般的です。

そして、あまり一般的ではありませんが、実は現代の中国には大きく分けて「南蕭」と「北蕭」の別があります。写真でも紹介した細長い竹の縦笛「北蕭」は広く使われていて、一般的に「洞簫」と言う時にはこの楽器を指します。見た目が細長くて尺八とは似ても似つかないのに比べて、台湾などで「福建南曲(南管)」と言う合奏音楽で使われる「南蕭」はずんぐりした見た目で日本人なら間違いなく尺八を想起する見た目と音色なので、日本の尺八も中国の洞簫も元々はご先祖が同じだと冒頭でお伝えしたのを実感して頂けると思います。

まずは「琴蕭合奏」をお聴きください。古琴と合奏するスタイルは中国の文人文化の中で磨かれて来た宝の一つです。ここで蕭を演奏している陳重先生は伝説の名人として語り継がれている方。歴史的名演から、ぜひその音色を味わってみてください。

次に「南蕭」の演奏例を。福建南曲で使う楽器には、琵琶も洞簫も古制が色濃く残っているので「生きた化石」と言われています。細身の「北蕭」と比べるとずんぐりした見た目で尺八と兄弟なのが窺えます。琵琶も横抱えで絹弦が貼ってある「南管琵琶」です。「南蕭」は見た目通り、太くて温かい音色がします。

合奏音楽で使われる時、洞簫は独特の存在感を放ちます。特に江南絲竹楽では「中花六板」「倒八板」などの「文曲」と呼ばれる静かな曲調のカテゴリーではとても重要な働きをします(笛子が同時に加わっている事もあります)

江南絲竹楽「霓裳曲」

廣東音樂の合奏形態の一つ、5人編成のアンサンブル「五架頭」では高胡、椰胡、揚琴、秦琴の4パートに加えて、管楽器奏者が曲によって洞簫と笛子を持ち替えます。洞簫で演奏される代表的な曲は「紅燭涙」「鳥投林」「漢宮秋月」など。高胡と対を成してメロディを交互に吹いたり対旋律を吹いたり重要な働きをします(演奏形態の関係上、江南絲竹と違って笛子と一緒に演奏される事は少ないです)

広東音楽「花間蝶」

今回ご紹介した洞簫、いかがでしたか?中国からの渡来物の尺八が紆余曲折を経て、改良と研鑽が続けられて独自の発展を果たし邦楽器「尺八」になったのと同じく、中国の音楽事情に合わせた工夫、改良、発展を遂げ同じく広く愛され続けている「洞簫」。穏やかな音色が二胡と並んで日本人の感性、好みに合う楽器ではないかと思いますので、個人的にもっと知られても良いと思っています。

Writer
記事を書いてくれた人

ライター安西 創さん
安西 創

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