刀削麺が日本に現れたのは、1990年代半ば頃からです。
「く」の字型をした包丁を使って小麦粉の固まりを手早くカッティングし、グツグツ沸いている大鍋に落として茹でていくという、なかなかに見事なパフォーマンス込みで注目された刀削麺。
それまでかん水によって黄色く染まった中華麺に慣れ親しんできた日本人にとって、うどんでもほうとうでもなく、真っ白な小麦粉のツルツルモチモチ平打ち麺という刀削麺の新食感を知ることになりました。
いま考えてみれば、「ガチ中華」のはしりだったといえるのかもしれません。
現在、都内にはかなりの数の刀削麺の店がありますが、人気店とされる店の多くが提供しているのは、真っ赤なスープに麺が浸っている四川風です。
でも、刀削麺の発祥地とされるのは、「麺食のふるさと」と呼ばれる山西省です。西安のある陝西省と河北省にはさまれた西北地方の省で、四川の麻辣圏からは遠く離れています。
そんなわけで、山西省は圧倒的な粉もの食文化圏です。東新宿にある「山西亭」(東京都新宿区大久保)に行くと、知られざる山西料理がいろいろ食べられます。
実をいえば、この店は2018年のぐるなびの「激うま麺バトル」で優勝しており、それなりに知名度はあると思います。
さて、まずは刀削麺から。現地ではスープ麺というより汁なし麺のほうが一般的です。ですから、この店でも当然そうでした。
いま流行のビャンビャン麺に近い感じがします。ただご存知の人も多いと思いますが、ビャンビャン麺は小麦粉麺をビャンビャンしなるように回して延ばすので、製法が違います。
山西亭には数々の名物郷土料理があります。
ここで、一緒に山西亭に行った友人がFacebookに投稿した驚きの声を紹介させてください。なんのことやらわからない……と思われるかもしれませんが、あとで説明するので、まあ聞いてください。
「ランチでは名物の刀削麺を頼む隙もなかった。だってほかにもいっぱいあるんですよ、麺が! 蜂の巣みたいなのも麺! 猫耳みたいにクルクルしているのも麺! 細切り炒めと思わせてジャガイモ麺! ひとつだけ若干フツー路線?の豚肉炒めをお願いしましたが、黒酢が利いていて過油肉という料理名からは想像できないさっぱりとした食べ心地、お肉があんなに柔らかかったのはやはりビネガー効果なのかしらん」
まず彼女が「蜂の巣みたい」というのがこれ。「莜麺栲栳栳(ヨウミエンカオラオラオ)」といいます。
山西省産の莜麦(ヨウマイ=ハダカ燕麦)でつくった皮を円筒状に並べて蒸したもので、彼女のいうように、まるで蜂の巣のよう。トマトたっぷりのタマゴ炒めソース(下)か黒酢ソース(上)か選んで食べます。
この黒酢ソースは山西省特産の黒酢「老陳醋(ラオチェンスー)」で、まろやかな甘みがあります。
「猫耳みたいにクルクルしている」というのがこれ。「五彩猫耳雑(ウーツァイマオアールザー)」です。
練った小麦粉を猫の耳くらいの大きさとやわらかな食感になるように茹でたあと、野菜と肉を入れて炒めたもの。この麺はひとつずつ指でつぶしながら、丸まった形に仕上げるので、かなり手間がかかるそうです。
「細切り炒めと思わせてジャガイモ麺」というのがこれ。「不爛子(ブーランズ)」です。
ジャガイモを薄く千切りにして小麦粉と一緒にこねて蒸すと、短い麺状のものができます。それを肉や野菜と一緒に炒めてつくる山西省のジャガイモ麺の焼きそばです。麺はボロボロしていますが、口に入れると、ジャガイモのシャキシャキ感がおいしいです。
「料理名からは想像できないさっぱりとした食べ心地」というのがこれ。「過油肉(グオヨウロウ)」です。
豚肉を薄切りにして、タマネギやキクラゲ、ネギ、タケノコ、ニンニクの芽などと一緒に炒めたもの。老陳醋のさわやかな酸味を使うと肉がやわらかくなり、口当たりがさっぱりします。豚肉以外に豚マメや鶏肉、ナマコなどを使う場合もあるそうです。
ほかにも、魚の形状になるよう一本一本のばして茹でた莜麦の麺を使う「莜麺魚魚(ヨウミェンユィユィ)」や、ジャガイモのでんぷんを使ったところてんを炒めた「山西炒涼粉(シャンシーチャオリャンフェン)」など、試しがいのあるメニューがいっぱいあります。
ところで、山西亭といえば、中華料理を楽しむコミュニティ「中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう〜」を主宰している愛吃(アイチ―)さんが広めたお店として知られています。
”面食の郷”山西省の豊富な麺&郷土料理が楽しめる
— アイチー(愛吃) (@aichi_chuka) May 19, 2020
東新宿『山西亭』(大久保二丁目交差点すぐ)
しばらくの間休業していましたが、5/25(月)から営業再開するそうです! pic.twitter.com/qZxkZ4MIqK
実は、彼女、山西省に留学経験があり、現地の事情も詳しいからです。以下は彼女の書いた山西亭の記事です。
こんなに珍しい料理を出す店がしれっと都内に存在することは、本当に驚くばかりです。これからも新たな発掘を続けていきたいと思います。
(東京ディープチャイナ研究会)