このお盆にタイに行ってきた。コロナ前は毎年8月にタイに行っていたので実に3年ぶり。
タイ料理を食べまくるのはもちろん、今回の一番の目的はモンティエンホテルでタイ中華の代表メニューのカオマンガイを食べること。
カオマンガイと言えば、鶏のスープで炊いたご飯の上にゆで鶏をのっけたタイ料理で、屋台や食堂で食べるB級グルメと言ってもいい。
バンコク中心部にあるモンティエンホテルは5つ星ホテルで、ここのレストランのカオマンガイは美味しいことで知られ、2019、2020年のミシュランのビブグルマンに選ばれている。カオマンガイ好きなら、一度は食べてみたい別格のカオマンガイなのだ。
タイ料理はざっくりいうと、タイ族が食べてきたタイ料理と中国系の人々が食べてきた中華料理の二つに分かれる。タイ料理を説明しようと思ったら、中国との関わりを省くことはできない。
中国との関わりを中心に話すと、日本人山田長政が活躍したことでも知られるアユタヤ朝(1350~1767)は交易で栄え、ビルマやベトナム人など多くの外国人商人が出入りし、住んでいた。
その代表格は何と言っても中国人。食べることにかけては、半端ない熱意がある民族だから、アユタヤ朝時代の食にも大きな影響を与えたことには違いない。
アユタヤ朝が滅びた後、新しい政権を築いたタークシンは潮州華僑の父を持つ中国系。すでにタイには多くの中国人が住んでいたのだ。もうお亡くなりになったけれど名君と言われたプミポン国王も中国系。19世紀になると広東省潮州の汕頭港から多くの移民がやってきて、タイの華人の6割が潮州出身者だとも言われている。
タイに住み着いた中国系の人々によって、もともとのタイ族の食文化が一層豊かになった。
ちなみに日本人も大好きなライスヌードルのクイティアオも中国系の人々が伝えた食の一つで、福建や潮州一帯で使われている「粿(グオ)」と「条(ティアオ)」を組み合わせた言葉。「粿(グオ)」は字を見てもわかるように米へん! 米を原料にし、蒸すなど加工したものをさす。条は細長いものを意味するので、クイティオとは、米で作った細長い麺、ライスヌードルをさしている。ああ、話がそれてしまった。
カオマンガイもクイティアオと同じく中国系の人々がもたらした料理だが、こちらは潮州ではなく、海南島の名物料理「海南鶏飯(ハイナンジーファン)」がもとになっている。
海南鶏飯と言えば、シンガポールのものが有名だけれど、タイではカオマンガイ、ベトナムではコムガー、インドネシアやマレーシアではナシアヤムと呼ばれ、東南アジア一帯に広まっている。
生ハーブたっぷり辛味も酸味も強烈な料理が多いタイ料理の中では、カオマンガイは優しい味。スパイシーな料理の合間に食べると、ほっとする。
しかもカオマンガイは肉、ごはん、スープがセットになっているので一品で完結するところがむちゃくちゃいい。そのせいかカオマンガイ好きの日本人も多く、タイのリピーターなら、誰もが自分が好きなカオマンガイのお店があるんじゃないだろうか。
ちょっとここで中国の海南鶏飯事情をみてみよう。中国の南のはずれ海南島と言えば、気候は良さそうだけど、政治文化の中心から遠く離れた流刑地。もともとは広東省に属していたが、1988年に海南省になった。
私は海南島には行ったことがないけれど、海南島に近い雷州には行ったことがある。海南鶏飯の店を雷州の中心部で一軒も見かけなかった。それどころか広州や潮州でも海南鶏飯の店を見たことがない。
海南鶏飯は、海南島の古い町文昌の特産である文昌鶏を使って作る文昌鶏飯がルーツだ。シンガポールに渡った海南島移民が1930年代に海南鶏飯として売り出したのが始まりと言われている。
それが今や東南アジア一帯に広まるほど人気がある料理になった。それなら東南アジアから逆輸入される形で中国でも広まってもいいんじゃない? しかし、その予兆は全くない。
それどころか鶏肉を使ったごはんもので中国全土に破竹の勢いで広まっているのは山東省が発祥地の「黄焖鸡米飯(ホワンメンジーミーファン)」だ。これは一人用の小さな土鍋でピリ辛に仕上げた鶏肉料理で別添えのごはんを土鍋に入れても、鶏肉をごはんにのっけて食べてもうまい。現在は中国全土どこでも繁華街に行けば、黄焖鸡米飯の看板を見つけるほど広がっている。
そろそろタイのカオマンガイに話を戻したい。
私の常宿から比較的近い「スタティップ」は海南移民が始めた店で100年以上の歴史がある老舗食堂(藤井伸二さんの著書『バンコク街角の食事処』で知った)らしい。
ここのはガイトーン種の鶏肉を使っている。ガイトーン種と言えば、ブロイラーより大きな鶏だ。鶏肉と言うと何かにつけ地鶏がいいと思われがちだけれど、小ぶりで実がしまった地鶏より肉質が柔らかいほうがおいしいとされるカオマンガイには、ガイトーン種のほうがあう。
スタティップの鶏肉はゆで加減もばっちり。ゆですぎず、柔らかく、ぴか~っと脂が肉の表面で輝いている。そして豪快なぶつ切り! 正直なところ私はスタティップのカオマンガイで大満足なのだけれど、バンコクで一番高級なカオマンガイで知られるモンティエンホテルのも食べてみたくなった。
モンティエンホテルはビジネス街のシーロム通りに近いスラウオン通りにある。
1967年開業の老舗ホテルでオーナーの家系が海南島出身者だったため、開業当時からホテル内のレストランでは海南鶏飯を出していたそうだ。スラウオン通りを西に行くと「泰国海南会館」がある。スラウオン通り一帯は海南島出身者が多い地区だったのではないだろうか。
ホテルの玄関入って、右側がレストラン「ルエントン」だ。
予約を入れておいたので受付で名前を言うと、すぐに奥の部屋に案内された。ここではほとんどのお客がカオマンガイを注文すると言われているだけに、注文すると5分ほどでカオマンガイが運ばれてきた。
うわ~、本当に肉が大盛りだ。食堂ではごはんの上に鶏肉がのっているのが一般的だけど、鶏肉とごはんが別々に出てくる。肉の量がすごい、いやいや肉だけでなく、ごはんもけっこうな大盛り。
上段左は生姜とみそ(たぶん)、上段右はナムチムと呼ばれる定番のカオマンガイのタレ。醤油、唐辛子、ニンニク、生姜、酢などで作ったもので、やっぱりこれが一番あう。下段左はにんにくダレ(液体は酢?)、下段右はちょっと甘い中国醤油ダレ。
むっちりジュウシーな鶏肉とあうのはやっぱりナムチムだなあ。そしてびっくりするほどおいしいごはん。鶏肉のスープで炊いたホムマリ(ジャスミンライス)には、鶏のうまみがしっかりついている。
タイで食べたカオマンガイの中で一番味が濃い気がする。味付けもさることながら、米がうまい。ジャスミンライスなのにしっとり。このごはんだけでも食べる価値あり。ごはん同様鶏のうまみたっぷりのスープもうまかった。
5つ星ホテルのレストランと言うと、品が良い薄味のイメージがあるが、ここのはかなり濃いめ。ネット情報なのだが、シンガポールの海南鶏飯のごはんは味が濃いのが特徴らしい。それが正しいなら、ルエントンのカオマンガイはシンガポールの海南鶏飯に近いということになる。
海南島出身の一族がオーナーを務めるホテルのレストランに代々伝わる海南島の味、どれぐらい文昌鶏飯の味に近いかは今の私にはわからなかったが、いつか食べ比べてみたい。
参考文献
「世界の食文化タイ」山田均著
「中国料理の世界史」岩間一弘著
「東南アジアの日常茶飯」前川健一著
「バンコク街角の食事処」藤井伸二著
(浜井 幸子)
店舗情報
スタティップ
338-342 Chakkaphatdi Phong Rd.,
Pom Prap Sattru Phai Bangkok,Thailand
66-2-282-4313
月曜休み。営業時間は8時から17時。夕方は売り切れている時もあるので、もう少し早く行くのがいい。ワットサケットの近所。
ルエントン
Monthien Hotel
54 Surawong Rd., Silom
Bangrak, Bangkok,Thailand
66-2-233-7060
https://montienbangkok.com/
写真はちょっと昔っぽい雰囲気のモンティエンホテル