最近、ぼくは都内のモンゴル料理店をいくつか訪ねています。きっかけとなったのは、2022年の夏に訪ねたモンゴル国での見聞で、一口にモンゴル料理といっても、大きく内蒙古系とウランバートル系の2種類があることを知ったからです。
どういうことかというと、内蒙古系というのは、中国内モンゴル自治区の人たちが営むモンゴル料理のことで、ウランバートル系はモンゴル国の首都ウランバートルの人たちの料理。それらは基本的には同じ系統の料理なのですが、メインとされる料理やその提供の仕方、味つけがちょっと違っているのです。
同じことは東京で食べられるモンゴル料理についてもいえるのでしょうか。
まず内蒙古系の店をいくつか紹介しましょう。
最も知られているのは、巣鴨の老舗モンゴル料理店「シリンゴル」でしょう。ここは1995年のオープンで、都内で最初のモンゴル料理店といえるかもしれません。馬頭琴の演奏なども楽しめるスペシャルな店です。
この店では、おなじみのモンゴル水餃子のボーズや羊肉の塩茹でのチャンサンマハなどをいただきました。
もうひとつの老舗は、幡ヶ谷の「青空」でしょうか。
この店は中国内モンゴル自治区東部出身の賽西雅拉図(サイセイガロウズ)さんが約20年前にオープンしています。
この店では、(訪ねた日、ちょっと疲れ気味で食欲がなかったので)羊のお粥をいただいたのですが、食べたら身体が楽になりました。羊のスープやうどんはどのモンゴル料理店にもありますが、羊粥というのはありそうで、食べられる店は少ない気がします。東北料理店でおなじみの羊肉串もあったので、注文しました。大ぶりの羊肉が串焼きされたもので、トウガラシなどのスパイスがふりかけられていました。
高田馬場の「馬記蒙古肉餅」は2016年9月に内モンゴル出身のイスラム教徒である回族の夫婦が始めた店です。ですから、ハラール中華のジャンルに入ります。
同店の店内に飾られるアラビア文字の信仰告白(シャハーダ)は印象的です。そこには中国語で「万物非主唯有主穆罕默德是主使者(アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である)」と併記されています。
メニューには羊をメインにしたさまざまなモンゴル料理や新疆料理などが載っています。回族の店なので、ハラール料理が中心のメニューとなっていますが、豚肉を使わない、華人好みの中国北方料理も豊富に食べられます。
高田馬場の「内蒙人家(ネイモンレンジャー)」は、内モンゴルのフフホト出身の漢族の男性が2020年1月に始めた店で、つまみ系の味つけなど、いかにも華人好みのメニューが多い気がします。
同店はこぢんまりとした店ですが、酒飲みにはくつろげる雰囲気です。メニューは華人向けの中国語表記ですが、手書きで家庭的な感じが伝わります。
2022年5月に神楽坂にオープンした「スヨリト」は、内モンゴル自治区東部のウランホト出身のスヨリトさんの店です。
同店は羊の炙り焼きをメインにしたメニュー構成になっています。
個人的な話ですが、ウランホトは戦前、祖父の赴任地でした。ぼくは20代の頃、そこがどんなところか知りたくて、訪ねたことがあります。そういう思い出深い土地の人たちと、こうして日本で会えることが感慨深いです。
これらの中国内モンゴル出身のオーナーシェフたちの店を訪ねてわかるのは、同じ土地に住んでいた人たちでも、モンゴル人、回族、漢族など、民族が違うと、提供する料理の種類や味付けが微妙に違ってくることです。
特に回族や漢族の店では、本来エスニック料理であるモンゴル料理が、中国料理とかなりミックスしています。誰が主たる顧客かを考えれば、当然のことかもしれません。
内蒙古系レストランの老舗であるシリンゴルのオープンは先ほど述べたように1995年で、内モンゴル出身の人たちが経営や調理を担当した経緯があります。当時は今日ほど多様な「ガチ中華」の店が存在しない時代でした。そのため、私たち日本人はこの店の料理こそ、純粋なモンゴル料理と受けとめてきたように思います。
それ自体は間違いではないのですが、2010年代半ば以降の「ガチ中華」隆盛の時代になると、内モンゴル出身でも華人や回族の人たちが店を始めることで、料理とともに、その提供のされ方など、これまでイメージしていたモンゴル料理とは違う世界が現れているのです。そもそもこれらの店では料理名が中国語です。
こうしてみると、延辺朝鮮料理や新疆ウイグル料理とともにモンゴル料理は、現地と同様に、担い手によって異なる食の世界があること。それが日本でも見られることは、実に興味深いといえます。
次にウランバートル系の店を紹介しましょう。
両国にあるモンゴル料理店「ウランバートル」は、モンゴル国出身の元白馬関のお店です。都内の内蒙古系オーナーの店と見た目は似たメニューばかりでしたが、味つけが少し違うことが印象に残りました。
どういうことかというと、内蒙古系の店は中国の食文化の影響を強く受けているので、あくまで比較の話ですが、ひとことでいうと、味にメリハリがある。トウガラシやクミンなどの香辛料を多用しているからですが、もともとモンゴル料理は、塩以外はあまり使わないのが基本で、味を中国人ほど作りこもうとしないからだと思います。
在住モンゴル人の間で人気といわれるのが、田端の「IKH MONGOL」です。
ここでは、モンゴル人男性が大好きという現地風焼うどんのツォイバンと羊のスープをいただきました。
実をいうと、ツォイバンはこれまで紹介した都内の内蒙古系の店ではあまり見当たりません。スープの味つけも少し違います。そもそもウランバートル系のモンゴル人の店では羊肉串はまずメニューにありません。
またウランバートル系の店は、たいてい西洋風な内装で、必ず飾られているのがチンギスハーンの肖像と日本の角界で活躍しているモンゴル人力士の写真です。内蒙古系の店ではチンギスハーンはあっても、力士の写真は見られません。まあ圧倒的にモンゴル国出身の力士が多いせいかとは思いますが、ウランバートル系の店には、関取のみなさんもよく来店するそうです。
最後に紹介するウランバートル系のモンゴル料理店は赤羽にある「アラル」という店です。
ウランバートル出身のスンジドマ(Сүнжидмаа)さんという女性が切り盛りする店です。
この店では、内蒙古系の店では見たことがない料理がいくつかありました。たとえば、羊の胃袋で肉を包んだボーズがそうで、ぼくは初めて食べました。なかなかキョーレツな味で、モンゴルウォッカがほしくなりました。
またこの店の羊のスープは、モンゴル人が風邪をひいたときつくるそうで、スープが入った器の上に小麦粉の皮が覆われて出てきます。
レイジー(手抜き)ボーズと呼ばれる、羊のひき肉を1枚の小麦皮に包んで蒸したものをカットする(つまり、一個ずつ包まないという意味で手抜き)料理など、モンゴルの家庭料理もありました。
興味深かったのは、この店ではロシア風のポテトサラダが食べられることです。モンゴル国の食文化にはロシアの影響があることがよくわかりました。
これまで見てきたように、モンゴル料理といっても、内蒙古系とウランバートル系ではずいぶん違いがあり、それが東京にいてもつぶさに観察できるのです。
ではなぜ同じ民族でありながら、そういう違いが生まれるのか。
それは、それぞれの土地を訪ねてみると、よくわかります。
ウランバートルで食べたモンゴル料理の味は、中央アジアのスパイスを使うなど、ロシア化していました。明らかに中国の内モンゴルで食べた料理とは違いがあったのです。
それはこういうことではないでしょうか。モンゴル国の人たちはロシア化したユーラシアの民として、内モンゴルの人たちは中国化した東アジアの民として、すなわちディアスポラの民として、それぞれこの100年を生きてきたのです。
もしよろしければ、こうした違いを体験するべく、都内のモンゴル料理店を訪ね歩いていただけるとうれしいです。
(東京ディープチャイナ研究会・中村正人)
店舗情報
シリンゴル
文京区千石4-11-9
青空
渋谷区幡ヶ谷2-7-9
馬記蒙古肉餅
新宿区高田馬場2-14-7 新東ビル5F
内蒙人家
新宿区西早稲田3-28-4
スヨリト
新宿区矢来町82番地
ウランバートル
墨田区両国3-22-11 2F
IKH MONGOL
北区田端新町1-20-4
アラル
北区赤羽西1-7-1 B1F