天津人の友人が「今、ここに行きたいんです。炒肝(チャオガー)を食べてみたくて」と教えてくれた店が「老炮儿包子(ラオパオパオズ)」だった。
炒肝は北京の小吃(軽食)を代表する豚のモツ煮込みのことで、北京に近い天津でもよく食べられている。天津で生まれ育った人で炒肝を食べたことがないのは、かなり珍しい。それよりも、私は老炮儿包子が北京の味を出す店だということに驚いた。京都では(大阪でも)北京料理の店はもともと少なく、ましてや北京の小吃専門店なんて、京都初どころか関西初じゃないか!
天下一品の駐車場から見える老炮儿包子。国道24号線沿いでもあり、とにかく目立つ! お店の人曰く、「4つ角にあり、しかも隣は天下一品。天下一品の裏と言えば誰でもわかる最高の場所」
老炮儿包子は、名前からして珍しい。北京在住が長かった日本人なら知っているかもしれないが、中国語を勉強している日本人で「老炮儿」の意味がわかる人は少ない。
「老炮儿」とは、鳥の鳴き声を愛で、鳥かごを持って、日がな一日ぶらぶらしてすごす初老の男性を意味する北京方言だ。もしくは、そんなふうに悠々とすごす「老北京(ラオベイジン)」と呼ばれる生粋の北京人をさす言葉でもある。
店名の次に変わっているのは、老炮儿包子の店舗。全く普通の民家なのだ。路地に面した普通の玄関から入るので、中華料理を食べに行くという感じがしない。
老炮儿包子はツイッターで約22万人ものフォロワーを持つ、コラムニストの五岳散人さんがオーナーを務めるお店だ。満州族でもあり、北京人の五岳散人さんは約8年前に日本にやってきた。現在は五岳散人さんが日本で一番気に入っているという京都に住み、ユーチューブできわどい意見を発信している(そのため、もう中国に帰れないんじゃないかと言う声もある)。五岳散人さんが店に来ることはなく、実際にお店をまかされているのは別の2人の北京人だ。
五岳散人
五岳散人さんの友達でもあり、経営に携わっているのは徐建軍さん。調理担当は許超さんだ。2020年3月、許さんは京都に住む親せきを訪ねてやってきたところ、京都在住の徐建軍さんと中華物産店で出会った。話すうちに2人とも北京人で、北京時代のご近所さんだったことから意気投合し、3年後には一緒に店を開くことになった。まさに運命的出会いだった。
許超さんはコロナの流行のため、日本滞在が予定より長くなったが、なんとか一旦帰国。その後も徐建軍さんとは連絡をとりあっていた。許さんは、10代から国家資格を持つ師匠のもとで中華理を学んだ厨師だ。天津で「老北京炸酱面」と名がつく北京料理の店を経営していたこともある。飲食業ではないが、商売をしてきた徐建軍さんと2人でなにか商売をしようと言う話になった時、北京料理の店以外は全く考えもしなかったそうだ。
そんな2人の店が「老北京炸酱麺」ではなく、「老炮儿包子」と言う「包子」の店になったのには理由がある。
徐建軍さんが神戸の中華街で知らない人はいない「老祥記」の包子を買って、中国人の友人と食べたところ、反応はいまいちだった。経営者は中国人でも長らく日本に住んでいるので、すっかり日本人向けの味付けになっており、徐さんたちからすると餡が甘すぎるらしい。
私が生まれ育った神戸では肉まんのことを豚まんと呼ぶ。老祥記も含め、神戸人が食べ続ける豚まんの具は豚と玉ねぎだ。玉ねぎも餡の甘さに一役買っている。中国の包子にも玉ねぎ入りはあるにはあるが、決して多くはない。徐建軍さんは、許超さんがおいしい包子を作ることを知っており、2人なら、包子の商売ができると確信した。
老祥記だけでなく、「551蓬莱」も中国人に知られている。551蓬莱の店舗はガラス越しに包子の制作過程を見られる。許超さんは半日見ていたことがあるそうだ。
彼は「551の包子は生地が厚すぎる。生地を割ると肉汁がこぼれでるぐらい薄い生地じゃないとおいしくないよ」と言う。
中国の検索サイト百度を見ると、551蓬莱の包子を「めっちゃおいしい」と言う感想がある一方で「皮が厚すぎる」と言う意見も目につく。私の中国人の友人の中には、551蓬莱の包子が好きな人もいる。好みの問題だと思うけれど、551蓬莱の包子を「ふわふわと噛み応えのない生地」と言う中国人は確かにいるのだ。
551蓬莱の豚まん。生地が厚く、切ると玉ねぎの甘い香り
さて、老炮儿包子で包子を食べる時は炒肝も一緒に注文したい。
包子と炒肝と言えば、北京ではお決まりの組み合わせで、定番の朝ごはんでもある。炒肝は、豚モツの醤油煮込みだが、豚モツのあんかけスープとも言える。
しっかり処理していても臭みがあると言われる豚の内臓を使うので、にんにくはたっぷり。北京の鼓楼に近い老舗「姚記」のものもびっくりするほどにんにくが入っている。
中国ではにんにく臭さが少ない青蒜を使うが、日本では手に入らないらしく老炮儿包子では中国産のにんにくを使っているが、やや控えめに使っているのか、臭いと言うほどではなく、まさにちょうどいい。
いよいよ熱々包子の登場だ。
蒸篭に8個入った包子は、直径6センチぐらい。肉汁の色が染みて茶色がかかった生地を割ると、肉汁がジュワーとこぼれでる。
中国醤油、葱、五香粉、ごま油がまじりあった香りが熱々の湯気のなかに混じる。小ぶりのお碗に入った炒肝を見ると、一瞬にして北京の食堂にいるかのような気持ちになった。老炮儿包子の生地は、確かに薄く、それでいてしっかりしている。551のようなふわふわ感は少ない。
お昼の営業後、許超さんに夕方からの準備を見せてもらった。
昼営業用に作った包子は売り切れてしまったので、これから蒸篭14段分、約112個の包子を作る。
許超さんが使っている小麦粉は、日清製粉の一番いい等級のカメリア、豚肉は鹿児島産だ。肉は赤身7:脂身3、もしくは赤身6:脂身4。粉と肉は日本のほうが中国のより質がいいらしい。
一次発酵が終わった小麦粉生地を製麺機に入れると、長方形の生地が出てくる。これを製麺機に繰り返し通し、包子用の生地を作る。生地が出来たら、別の機械で生地を丸くカットする。餡が入る真ん中部分は破れやすいので、周辺に比べて心持ち厚い。生地の真ん中に肉餡をのせ、生地をひっぱりながら包んでいく。
口がしまるのか心配になるほど、肉餡がたっぷり入っているけれど、柔らかい生地は伸びるので包めてしまう。出来上がった包子を蒸篭に入れ、このまま二次発酵に30分。こころもちふんわりした生地を触らせてもらうと、気持ちいい。あかちゃんのほっぺたのようにやわらかく弾力があった。
二次発酵が終わったら、蒸すこと約8分。551蓬莱の包子と比べると、やや小ぶりでそのまま食べても十分いける。551蓬莱や老祥記の包子には必須のソースや練りがらしは、合わない。ソースと練がらしにあうのは玉ねぎがきいた甘い餡なのだ。老炮儿包子はしっかりした醤油味の肉餡だから酢と辣油のタレもなしでもおいしい。
私が行った日、後ろの席は京都旅行を楽しんでいる寧波人の家族だった。
お父さんが「昨日、京都駅の包子を食べたよ」と言う。それは551蓬莱だ。「生地が分厚すぎて、中国の包子とは違う。ネットでここを見つけたから来てみたんだよ」。
551蓬莱の包子が口にあわなかったから無性に中国の包子を食べたくなったのだろう。浙江省寧波と北京では、好まれる味は全く違う。老炮儿包子の包子も口にあうかどうかわからない。
寧波人の家族は用心深く蒸籠で注文することなく、まずは定番の包子を2個だけ注文した。味見をしてから、蒸籠で注文し、さらに牛肉包子も2個注文した。答えはわかっていたけど「ここの包子はどうですか?」と聞くと、「おいしい。これが中国人の味だよ」と返ってきた。
老炮儿包子は毎日ほぼ売り切れだ。
中国人だけでなく、日本人も「まだ、ある?」と言ってやってくるが、営業は午後8時まで。たまに数個残ることもあるが、それは許さんの朝ごはんになる。
許さんは老炮儿包子を開いて、驚いたことがあると言う。びっくりするほど京都に多くの北京人が住んでいることがわかったそうだ。
「北京人は小商いをしないからねえ。表に出てこないからわからなかったよ。なんていうのかなあ、北京人には優越感があるんだ」
許さんの言う「優越感」って、なんだろう。
元、明、清と都だった北京に生まれ育ったという誇りもあるだろう。でもそれだけじゃない。「老炮儿」は鳥かごを持って、1日をぶらぶらと過ごす老北京(北京人)をさす言葉でもある。細かいことにとらわれず、あくせく働くこととは無縁だ。そんな老北京の悠々とした生き方こそが誇りであり、そこに優越感を持っているのではないだろうか。
老炮儿包子は北京出身の3人のおっちゃんの店だ。この名前以外はあり得ない。
「北京人ここにあり!」と宣言しているように思える。この名前に吸い寄せられるように京都在住の北京人が次々と訪れ、正真正銘中国の包子を食べたくなった北京出身以外の中国人もやってくる。
店舗情報
老炮儿包子
京都市伏見区竹田久保町19-6
075-279-0678
11時~14時、15時~20時。月曜休み。
地下鉄烏丸線くいな橋駅から徒歩5分