中国の麻辣(マーラー)発祥の地、四川省のある古鎮を代表する料理に「一根麺(イーゲンミエン)」と呼ばれる不思議な麺があります。
一根麺とは、一本の長い麺を使った料理です。つまり、一碗の器の中に切れていない一本の麺が入っているということで、中国では「長根麺」「長久麺」「長寿麺」とも呼ばれ、いまから約900年前の南宋の時代から節句や祝いの席で地元の人に好んで食べられている一品です。
現地で撮られたYouTubeなどの動画を観ていると、作り方はまず、小麦粉をこねて3cmほどの太さに伸ばして、容器の中でとぐろを巻いた状態にして、表面に植物油を塗って30分ほど寝かします。それをうどんより少し細いくらいに指で器用に伸ばし、釜に入れて茹でます。料理自体はなんてことない味なのですが、それゆえでしょうか。どの店でも、長い麺を釜に入れるとき、宙に回すなど派手なパフォーマンスに力を入れているところが面白いのです。
スープは特徴のない透明な塩味で、トッピングは小さい角切り豚肉とネギくらいの簡単なもので、とてもシンプルです。ただし、そこは四川ですから、店の人に何も言わないとドバッとトウガラシを入れられますので、辛さチャレンジしたい人以外は、注文時には「微辣(ウェイラー)=辛さほどほどに」と必ず伝えてください。
切れていない長い麺の食べ方についてですが、「長寿を願うものだから、できるだけ長いまま口に入れて食べてください」なんてことを店員に言われることはありません。普段どおりに口に入るぶんだけ麺を噛み切って食べればいいと思います。
さて、一根麺が食べられるのは、2000年以上の長い歴史を持つといわれる黄龍渓古鎮です。四川省の省都、成都から南へ約40km、府河と鹿渓河という長江の支流が合流する場所にあります。
黄龍渓という名前は、増水期に鹿渓河の上流にある龍泉山から黄色い土砂が比較的流れの澄んだ府河に流れ込む様を、黄色い龍が川を渡るようだと見立てたことに由来します。
町の中心は縦約1km、横約500mといった大きさですが、石畳の狭い道沿いに並ぶ建物は明清期の建築様式を備え、情緒があります。府河に面して建つ東寨門は町の出入口であり、防衛拠点でもあった建物。三県衙門(がもん)は清の乾隆年間(18世紀中〜後期)に設置された役所で、町で最も歴史のある古龍寺と同じ敷地に建っています。このほかに、古鎮の出入口であったシルエットの美しい五孔橋と錦官橋、治水を願い建立された鎮江寺などの見どころがあります。
さてその後、一根麺について調べたところ、四川省以外の場所でも同名の料理があることがわかりました。たとえば、陝西省や山西省、浙江省、雲南省などです。
実は、あの画数の多さで話題となった中国の古都、西安のビャンビャン麺がそうです。最近、都内各地のディープ中華麺屋で食べられるようになっていますが、先日その総本山とも呼ぶべき「西安麺荘 秦唐記」を訪ねて、ビャンビャン麺の作り方を見せてもらいました。
秦唐記のお店のスタッフのみなさんは、以前『タモリ倶楽部』で取材されたことがあり、麺をつくるところを動画で撮らせてもらえませんかとお願いすると、すぐに快諾してくれました。
これがその動画です。小麦粉をこねた固まりを平たく伸ばして、さらにビュンビュンとしなるように音を立てて伸ばしていくさまがよくわかりますね。このしなる音が「ビャンビャン麺」の由来です。
伸ばした麺は、包丁を入れることがないので、ご覧のように、長~い1本です。それを手と箸で持ち上げて鍋に入れ、茹でると出来上がり。
秦唐記さんのビャンビャン麺は、最も基本的なメニューであるこま切れの豚肉と野菜に油をさっとかけるだけの「油溌面(ヨーポー麺)」や、トマトのタマゴ炒めがけの「西紅柿麺(トマト麺)」、またスープ入りの「牛肉麺(ニウロウミエン)」「軟骨面」「ホルモン面」など種類がいろいろあるのですが、今回はスープなしのジャージャー麺にしました。
店長によると、通常のメニューは一碗に麺3本入りだそうで、軽めにしたい場合は2本にしてくれるそうです。それでもけっこうなボリュームです。
そういう意味では、四川の一根麺のように、器の中に麺が1本だけではないのですが、ビャンビャン麺の場合、1本の長さは7mあるそうで、箸で麺を持ちあげるとこのとおり。ふたつ折りにしても、イスの上に立って持ちあげられるほどの長さなのです。
このように、中国の一根麺は私たちの身近な場所で食べられる時代です。そういえば、半年前に秦唐記さんを訪ねたときは、店内の客層はほぼ中国の若い人たちでしたが、今回は近所のご夫婦やおばさんがひとりいて、自分も含めて全員日本人でした。ビャンビャン麺がだんだん日常に浸透し、日本人に支持されていることがわかりました。
秦唐記さんは茅場町の新川本店や永代総本店、神保町店に続き、7月21日に錦糸町店(墨田区江東橋3-2-2-104)がオープンするそうです。ありがたい「長寿麺」でもあるビャンビャン麺を味わえる場所がまたひとつ増えたことを喜びたいと思います。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
西安麺荘 秦唐記
中央区新川1-13-6
https://xi-an-biangbiang.com/