東京・渋谷に2軒のシンガポールレストランがオープンしたということで、大興奮の南洋中華マニアなわたくし伊能すみ子が2回にわたってお送りしています。
1回目は、シンガポールのコーヒー文化のひとつであり、シンガポールで海南人が広めたコピティアムをおしゃれに展開させた「シンキーズ」をご紹介しました。
私が店舗のオープンを知ったのは、知人のシンガポール人から「知り合いが渋谷に店をオープンしたから紹介するよ」という連絡でした。この時、私はすでに行っていた「シンキーズ」のことだと思っていたのですが、別の店だと知ってびっくりしたのです。
現時点でも日本で数少ないシンガポールレストランが、同時期に渋谷でオープンするなんて正直、想像もしていませんでした。
ということで、今回は同じく渋谷にシンガポールレストランをオープンさせた「南洋新記(NAN YANG SUN KEE)」をご紹介します。
プラナカンの精神を大切にした料理作り
JR渋谷駅(新南口)から徒歩5分。明治通りを恵比寿方面に歩いた並木橋交差点に、同店はオープンしました。
日の光が差し込む明るい店内は、上品なインテリアで統一され、壁には昔のシンガポールの様子や海南鶏飯の歴史が書かれたパネルが飾られています。カウンターや壁のタイル貼りなど、スタッフの手でやれるところはDIY作業をして内装を3か月かけて完成されたとのことです。
オーナーはシンガポール出身のハリー・クーさん。長年シンガポールレストランを日本で開業する夢を持ち、ついに実現されたパワーあふれる人です。
クーさんと共に店を盛り上げているのが、マレーシア出身でビジネスマネージャーのユエン・キン・ルーンさんです。日本とシンガポールを行き来しているクーさんが不在の時も店を守っていらっしゃいます。
キンさんの叔父は料理長を務めた経験のあるシェフで、クーさんの友人でした。キンさんはマレーシアでシェフとして働いていましたが、シンガポール料理は初めて。クーさんのレシピアイデアを元に、叔父からアドバイスを受け、2年もの時間をかけて料理の完成度を上げていきました。
「うちはシンガポール料理を提供していますが、その調理法には、私のルーツであるプラナカンの伝統料理のレシピやキンさんの叔父、大叔父が経験したフランスの手法を組み合わせて、調理テクニックを取り入れて最高の味を提供しています」とクーさん。
「プラナカン」とは、16世紀ごろに中国からマレーシアへ渡ってきた中国人男性商人が現地の女性と結婚し、生まれた人々のことをいいます。1965年にマレーシアから独立したシンガポールでも同様で、中国料理とマレー料理がミックスされ、プラナカンならではの伝統料理がうまれました。
プラナカンの女性は早い段階から花嫁修業のひとつとして料理を習うのですが、食材の下ごしらえから調理まで手間のかかる料理が多いです。下準備だけで数日かかる料理もあるほどで、プラナカンが作る料理は「ニョニャ(プラナカン女性の名称)料理」と呼ばれています。
シンガポールから持ってきた「アポロ」が大活躍!
店内には、茹でた丸鶏や叉焼などが吊るされています。このような光景は見ているだけでテンションが上がりますね。メニューはメインとなる海南鶏飯のほかに、皮をパリッと仕上げた脆皮焼肉や叉焼、ココナッツミルクのスパイシー麺であるラクサなど、食欲をそそられる料理が揃います。
焼味は朝早くから仕込みが始まります。そこで活躍しているのがこの焼き窯です。なんとシンガポールから持ってきたもので、ロケットのようにも見えるその形から「アポロ」と愛称がついていました。
看板メニューは海南鶏飯
店の看板にも掲げられている「本格鶏めし」。これは、シンガポールの国民食である海南鶏飯のこと! 茹でた「スチーム」と揚げた「ロースト」の2種類があります。
メイン料理の茹で鶏が美しいです!ピラミッド型に盛られたごはんは、鶏肉の茹で汁で炊いたもので、エスニック料理によくある長粒米(ジャスミンライス)を使用しています。生姜の香りがめいっぱい広がって爽やかな仕上がりになっていました。鶏肉はしっとりとして上品な仕上がりに。うまみがしっかりあるので、ごはんと鶏肉の相性が抜群です。
調理の工程を拝見していて私が「すごい!」と感じたのが、たくさんの食材を使って茹で汁のブロスを作っていることです。
“東洋のバニラ”といわれるパンダンリーフというハーブを筆頭に、ニンニク、生姜、ネギ、トマトといった香味野菜など、18種類もの材料をふんだんに使って鶏肉を茹でたり、ごはんを炊いたりしていました。ここまでたくさんの食材を使った調理法は初めてだったのでびっくりです。
これも「最高の味を引き出すためにフレッシュなスパイスや食材を使っています」(クーさん)とのことで、プラナカンの食材や料理に対するリスペクトが感じられます。
海南鶏飯を食べる際には、チリソース、ダークソイソース(老抽)、ジンジャーソースの3種が一般的なのですが、同店ではごはんに生姜を効かせているので、チリソースとダークソイソースの2種類を用意。
それとは別に、現地ではチキンにかけられている醤油たれがあるのですが、同店でも採用されていて、こちらは醤油に酢が入ったさっぱりタイプのものがありました。
慣れていないと、どのソースをどのようにしたらよいかわからないですよね。そこで、おすすめの海南鶏飯の食べ方をご紹介します。
【海南鶏飯の食べ方】
- 鶏肉の上から醤油たれをかけて食べる。
チキン自体にすでに味が染みていますが、醤油たれでさっぱりといただけます。 - チリソースとダークソイソースをかけて食べる。
ごはんの山を崩して鶏肉をのせ、チリソースを鶏肉に、ダークソイソースをごはんにたれるようにかける。
たれとソースは一通り全部かけてもよいし、好みがあると思いますが、いろいろと味を試してみてくださいね。
現地では、ナイフの代わりにスプーンを使って肉をほぐす食べ方をよくします。なので、たれやソースをかけたらスプーンでカットして、ごはんと鶏肉を一緒にすくって食べてみてください。もちろん、箸があるのでそちらを使ってもOKです。
丸鶏をアポロで焼いてから熱した油で揚げた「シンガポール風ローストチキン」(1300円)も合わせて試してみてくださいね。
ビールにも合う絶品焼味、ココナッツのエキゾチックな味ラクサ
名物の海南鶏飯以外にも、気になる料理はまだまだあります。
さきほども紹介した焼味。見るからに食欲をそそられるたまらない一品です。
おなじみ広東系焼味の代表格が揃っています。叉焼はとても柔らかい肉質で、米酒や黄豆醤、はちみつ、ハーブなどでじっくりマリネした肉がジューシー。脂部分も甘くておいしいです。ローストされたことで、甘しょっぱさも香り立ってきます。これはたまりませんね。
さらにクリスピーな皮が特徴の脆皮焼肉も香辛料をなじませてしっかりとローストされています。肉肉しさがありますが、繊維がやわらかいので食べやすいです。添えられたチリソースをつけて食べてもいいアクセントになりますよ。
叉焼、脆皮焼肉ともに、ハーフサイズ(2100円)やホールサイズ(3800円)。ライスとのワンプレート料理(1300円)としても提供されています。食事としてもアルコールのお供としても最高です。ちなみに、シンガポールの代表的なビールの生タイガービールがあるので個人的にはとてもおすすめします(笑)
最後に、ラクサヌードルをご紹介。
ラクサは、シンガポールを代表する麺料理のひとつです。プラナカン料理のひとつにニョニャラクサがあり、現地でも専門店がたくさんあります。
レモングラスや生赤唐辛子、生姜などを合わせたペーストにココナッツミルクを注いだ、エスニックな味わいの麺料理。エビがスープの味わいの要になっていて、鶏肉や油揚げ、赤貝などがトッピングされて具沢山。中太のストレート麺がさらりとスープに絡んで、日本の暑い夏にもぴったりです。
ラクサにはごはんが1杯無料で付くので、ラクサスープを少し残して、ごはんを投入して雑炊感覚で食べてみてください。これがまたおいしいのです。本来、現地ではそのような食べ方をしないので、ハリーさんは初めて知った時びっくりしたそうです。
メニュー数はさほど多くありませんが、ニョニャ料理のおしゃれ前菜である「クエ・パイティー」や特製ソースで仕上げる「季節の野菜炒め」などもありますので、ランチやディナーで楽しんでみてくださいね。
クーさんのお話を聞いていると、慣れない日本で自分の夢の実現のために苦労も楽しさに変えてしまう魅力を感じました。また、料理や店舗、スタッフさんとの連携と全体をまとめるキンさんの優しいながらもたくましい姿勢。
渋谷という街で、シンガポール料理がこれからもたくさんの人たちに知ってもらえて、もっともっと愛される料理になりますように!
(伊能すみ子)
店舗情報
南洋新記
渋谷区渋谷3-14-4
11:00~22:00
土 休み
※食材が終了次第閉店の場合あり