日本のガチ中華界の草分けで、ガチな四川料理を提供する陳家私菜の8店舗目となる銀座店が11月1日にオープンしました。有楽町・日比谷と新橋をつなぐ高架下のグルメ街<日比谷グルメゾン>の中にあります。
その数日前、同店オーナーの陳龐湧氏がTDCのメンバーほか約100名を招待して大盤振る舞いしてくださるという盛大な食事会を開催。民俗学研究者の吉村風さんによる実況レポートの後編です。どんな料理が供されたのでしょう。
※前編はこちら
2-3. クラフト焼酎と四川料理のペアリング
今回、陳家私菜銀座店の新機軸の試みとしてクラフト焼酎と四川料理のペアリングがあります。ペアリングというのは、料理と相性の良い酒を探し、それぞれが組みあわさった、料理と酒の味を楽しむことで、マリアージュとも言ったりします。
四川料理と言えば、だいたいの人は辛さを抑えるためにビールやハイボールなどとあわせたり紹興酒・白酒といった中国酒とあわせたりするのが定番でした。最近では、店によってはあえてワインや日本酒などと四川料理をあわせる試みを行っているところも増えてきましたね。
今回、<陳家私菜>銀座店では、四川料理とお酒のペアリングの中で、「クラフト焼酎」と四川料理のペアリングを提案し、月替わりで四川料理に合う焼酎を出そうと考えているとのことです。
クラフト焼酎というのは少量生産の手作り感のある焼酎を指します。(注7)
今回、「頂天石焼麻婆豆腐」とペアリングさせるべき一杯として提供されたのは鹿児島県日置市の小正醸造株式会社(注8)の芋焼酎「蔵の師魂The Orange」のハイボールでした。
ペアリングを考案したのは東京狛江市で地酒の小売店として有名な<籠屋>(注9)と『dancyu』元副編集長神吉佳奈子(かんき・かなこ)氏です。神吉氏の説明によると、「頂天石焼麻婆豆腐」は甘味分が足りないので、柑橘系の甘めな香りが特徴の「蔵の師魂The Orange」をつかって、麻婆豆腐の甘味分を補う形になるようペアリングを考えたとのこと。
なるほど、「頂天石焼麻婆豆腐」を食べたあとに、「蔵の師魂The Orange」のハイボールを飲んでみると、「頂天石焼麻婆豆腐」の辛さと濃厚さがさらっとやわらぎ、また麻婆豆腐の次の一口を食べたくなります。芋焼酎の香りが、中国酒の白酒の柑橘系の香りのニュアンスに傾向が似ているのも、このペアリングが成功している秘訣かもしれません。
四川料理とクラフト焼酎をあわせる試み、とても面白いです。
また、<陳家私菜>では、陳さんが紹興から買い付けてきた<陳家私菜>ラベルの8年物の紹興酒もあります。シェリー酒のような上品な甘さの紹興酒で、これも料理にあう酒となっています。
なお、イベントでは朝鮮人参、枸杞(くこ)、蛤蚧(ゴウガイ。トッケイヤモリの漢方薬名)を白酒に漬けこんだ付けた薬酒も振る舞われました。
私はいろいろ薬酒が好きでいただくのですが、蛤蚧を漬け込んだ薬酒は初めて飲みましたが、咳止めや強壮薬の効能があるとして古くから飲まれてきたとのこと。(注10)この薬酒が常時のメニューにあるかわかりませんが、興味のある人は聞いてみるとよいかと思います。
2-4.「本場四川海老のピリ辛痺れ甘酢炒め」/「新鮮エビとアスパラの特製強火炒め」
お次はエビ料理を見てみましょう。
「本場四川海老のピリ辛痺れ甘酢炒め」は、四川料理の定番料理で、四川では宮保蝦仁(ゴンパオシャーレン)として知られています。ただし四川は内陸部であったため大型の海のエビではなく、本来は川エビなど淡水性のエビが使われていたようです。
しかし、この料理では、陳さんは、身の大きい日本産の海のエビを使用しています。また、それだけでなく、エビはエビでも、保水剤を使っていない、無保水のエビを使っているとのことです。
一般的なエビチリなどでは、プリプリとした触感を出すために、保水剤の入ったエビをつかうことが多いのですが、<陳家私菜>では「プリプリした食感よりも、しっかりとした旨味を出したいとのことで、保水剤無しのエビをつかっているとのことです。
こうした海産物へのこだわりは、陳さんの「よい食材を探して、美味しい料理を客に提供したい」という料理への探求心だけでなく、陳さんの郷里が浙江省の港町、寧波であることにも由来があるのかもしれません。
その傍証が、もう一つのエビ料理、「新鮮エビとアスパラの特製強火炒め」です。これは油通しをしてシャキシャキとさせたアスパラガスと大ぶりのエビを塩味で炒めたシンプルな料理です。
先ほど書いたように四川ではこうした海のエビを使うことは伝統的にはありません。またアスパラガスも中国の主な生産地は江蘇省徐州市です。(注11)
無論、シンプルな家庭料理(家常菜)の一つなので、現在の四川で食べられていなくはないとは思いますが、これは四川料理というより陳さんの故郷の料理でしょう。非常にさっぱりとした素材を生かす味で、麻辣味で疲れた口にやさしい料理となっています。「料理人の顔の見える料理」というのはこういうのを言うのかもしれません。
2-5.「国産牛と発酵唐辛子発酵野菜の香り炒め」
近年、ガチ中華好きの間では、中国東北部の酸菜(スァンツァイ。白菜を乳酸発酵させたもの)や湖南省の酸豆角(スァンドゥジャオ。ササゲ豆をつかった発酵食品。これを細かく刻んでひき肉と炒めた酸豆角炒肉末は湖南省の名物料理とされる)など中国の発酵野菜を使った料理が注目されています。
そして四川にも負けず劣らず発酵野菜を使った料理があり(注12)、この「国産牛と発酵唐辛子発酵野菜の香り炒め」は四川の発酵野菜料理で、セロリなどとともに二種類の発酵唐辛子と牛肉を炒めた料理です。
これも新メニューですが、今回のイベントで、新しく出たメニューの中で、私が最も気に入ったのがこの料理です。
発酵した唐辛子の酸味と辛みが、滑らかな和牛の食感とあいまって、また野菜のフレッシュさがとてもよい一品でした。サラダとも従来の炒め物とも違う、中華料理の新しい側面を知った気がしました。なお、唐辛子も発酵させているので、辛くなく、そのまま食べることができます。
おわりに―「ガチ中華」の新しい潮流として
現在、「ガチ中華」は「日本風にローカライズされていない現地の味で、現地の人が食べる料理や店」を指すことが多いですが、この「ローカライズ」というのは非常に難しい問題です。
「はじめに」でも述べたとおり、<陳家私菜>は1995年から日本における「四川料理のガチ中華」のパイオニアとして活躍してきました。<陳家私菜>をはじめ、さまざまな人や店が日本に進出し、それらのファンも増え、現在、「ガチ中華」の語は定着しつつあり、また四川の本場の麻辣の唐辛子の辛さや花椒のシビレの味も日本人に馴染みの味になっています。
しかし、今回、<陳家私菜>銀座店のイベントで出された料理は「ローカライズされていない現地の味」というと、少し異なっています。
<陳家私菜>では、ローカライズされていない四川の味をそのまま伝えるだけでなく、「日本の料理の素材の良さと、中国の本場のスパイスの良さを合わせて、さらに美味しい四川料理を提供したい」というはっきりとしたメッセージ性とともに、日本人にも中国人にも親しまれる「新しいローカライズ」を追求しているのだと考えられます。大山鶏や和牛を使うのはその表れの一つだと思います。
現地そのままの味で、現地の食文化や人々の暮らしを偲ぶ、あるいは楽しむのも「ガチ中華」の面白さですが、料理の味や好みは時代や場所、作り手、食べ手によって絶えず変わるものです。
日本人にも中国人にも親しまれるよりおいしい「ガチ中華」を求めるのも、また、「ガチ中華」の新しい楽しみ方ではないでしょうか。<陳家私菜>銀座店の開店が、よりよい美味しさを追求する「ガチ中華」の新しい楽しみ方の一つのメルクマールとならんことを期待します。
正直、紹介したいメニューはこのほかにもいろいろあるのですが、つい長々と書いてしまいました。最後に、大変よい表情で小籠包を食べるクック井上氏の笑顔の動画でお別れしましょう。
この記事と動画を見てお腹の空かれた方は、ぜひ<陳家私菜>に行かれることをお勧めします。近くに<陳家私菜>がない方は東京ディープチャイナでガチ中華のお店を検索してGo!
※本記事は、2024年8月に行った陳龐湧氏へのインタビューと10月の銀座店のプレオープンイベントの取材をもとに、構成いたしました。
注7 「クラフト焼酎とは?パッケージにもこだわって若い世代にも人気!」(食品OEM.jp)
注8 小正醸造株式会社(H.P. →)
注9 地酒の籠屋(H.P. →)
注10 「ミイラも生薬だった?!なんだこりゃ!! 驚異の生薬大集合」(養命酒ライフマガジン月刊元気2016年5月号)
注11「芦笋」(百度百科)
注12 ちなみに日本で一番有名な中国の発酵野菜「搾菜(ザーサイ)」は四川の名物です。特に四川盆地の重慶市涪陵区(ふりょうく)は搾菜の名産地として知られます。
(吉村風)
店舗情報
陳家私菜 銀座店
千代田区内幸町1-7
日比谷グルメゾン1階
03-6811-3200