大久保界隈に「蘇州人が通う蘇州料理屋があるらしい」と小耳にはさみ、蘇州出身の友人に尋ねてみたところ「私も週に1回は顔を出しているから、ご一緒しましょう!」とうれしいお誘い♪ デパ地下への期間限定出店でウワサにもなった「蘇園餛飩」へ、蘇州朋友とお邪魔してまいりました。
※蘇州は上海に近く、日本企業が多数進出している工業団地もあり、日本との関係も深い江蘇省の大都市です。
JR大久保駅から徒歩約3分、大久保通りから小滝橋通りに入ると、そこだけいきなり「蘇州」から切り取ってきたような一角が!
一際目立つ中国格子の木扉も現地からわざわざ取り寄せたものだとか。
お店に入ると、蘇州ご出身のオーナー・李文娟(リー・ウェンジュアン)さんが「いらっしゃいませ」と満面の笑みで迎えてくれました。
通いまくっている友人によれば、蘇州の家庭料理の定番・ワンタンをアレンジした「五色馄饨」(五色ワンタン)と、蘇州人のソウルフードともいうべき「葱油面」(ねぎ油そば)がオススメというので、その2つがセットになった「蘇(スー)セット」(1200円)を注文することに。
ワンタンは「茹で/焼き/スープ」から選ぶことができ(スープのみ+200円)、食通の友人が「どれも異なる味わいなんだけど、スープがまたおいしいの!」と激推しするので、言われるがままオーダーしました。
お料理が出てくるまで「金木犀茶」で一服。金木犀は蘇州の市の花
「ハーブティー」1ポット2名まで(880円)
朋友の故郷自慢――蘇州は春秋時代の呉の国の都、呉越同舟の頃から2500年の歴史があって、清の乾隆帝の時代には皇帝が度々お忍びで訪れ、優しくて可愛い蘇州の女性に魅せられたって話なのよ、云々――に頷き続けること数分、看板メニュー「五色馄饨」(五色ワンタン)がやってまいりました!
包み方は蘇州のスタンダード“元宝”スタイル
中国の古い貨幣“元宝”(日本では“馬蹄銀”とも)を模した包み方で縁起◎
「コレは映えますね!」とスマホで写真を撮りまくる私に、李文娟さんがひと言。「でも、別にインスタ映えとかを狙ったんじゃないんですよ(笑)」。「じゃあどうしてこんな可愛らしい5色に?」という疑問は一旦置いておいて、冷めないうちにワンタンをいただくことにしました。
まずは白色から! 具材の「ナズナ」は李文娟さん曰く「蘇州では最も一般的な具ですが、日本では七草の時くらいしか見かけませんね。七草がゆ、おいしいですよね」と。七草がゆを語る中国人……李文娟さん、日本通過ぎる。。。
ところでこの肉汁じゅわーっ! 形状の異なる、細かいけれど存在感たっぷりの肉塊たち、写真からご覧いただけますか。豚肉はミンサーを使わず、中華包丁で“肥肉”(脂身肉)と“痩肉”(赤身肉)を刻んでいるそうで、それがワンタンの皮にぎゅうぎゅう詰まっております。たまたま隣のテーブルに居合わせた日本人のおばさまに言わせると「私もリピーターだけど、ここのワンタンはケチケチしていなくていい」だそう。
お次は黄色、具材はコーン! 「なんでコーン?」と聞いたら李文娟さん、ちょっとはにかんで「私がコーン好きなので」。そんなワケで5色のラインナップのうち、最初はナズナとコーンからスタートしたとのこと。食べてみて納得、たしかにジューシーな豚肉とプチプチとうもろこしの組み合わせは鉄板です。
お次はピンク、具材はエビ+エビすり身! エビが1尾、丸ごとプリッと入っております。常連の蘇州朋友からは「私はピンクが一番好き」と、健康志向な彼女らしいコメントが。ちなみにワンタンの皮の鮮やかな色も着色料無添加だそうで、そのあたりのこだわりもファンの心を捉えている模様です。
お次は緑、具材はキノコ+タケノコ! シイタケにエリンギ、干しキノコ……数種のキノコの旨味が口いっぱいに広がります。私見ですが、中国のキノコ料理って外さなくないですか? 中医学とか薬膳の流れを汲んでいるからなのかなぁ。
〆は橙色、具材はキムチ! 豚肉とキムチのタッグは「豚キムチ炒め」をはじめよく聞かれるところですが、ワンタンの具となると珍しいのでは? プニプニモチモチの皮に包まれていたら、おいしくないワケがないですよね。
そして忘れてはいけないのが、きれいに澄んだ鶏スープ! とろ火で約12時間、コトコト煮込んでいるそうで「火力を強くして3~4時間で作ることはできるけれど、それでは白く濁った雑味のあるスープになってしまうから」。映画『タンポポ』に「ラーメンのスープを飲み干す」印象的なシーンがありますが、「蘇園餛飩」でスープワンタンを頼んだお客さんはほぼ飲み干して帰るらしく、私もご多分に漏れず、でした。
さてインスタ映えを狙ったワケではない、という「五色馄饨」(五色ワンタン)ですが、「本当にそうなの?」と水を向けると、李文娟さんは微笑んでこう話してくれました。
「『蘇園餛飩』は2019年秋に開店していますが、日本人の夫と所沢にもう1軒『カフェダイニング蘇(スー)』を経営していて、そちらは2014年のオープン。“インスタ映え”が流行語になったのが2017年ですから、うちのが早いんですよ」。
さらに続けて「お客さんから注文を受けて大鍋でワンタンを茹でると、どれがどれか分からなくなっちゃうでしょ? だからその区別をしやすくするために色を付けた、というのが“5色”のはじまりなの」と茶目っ気たっぷりに教えてくれました。
「ちっともオシャレじゃない、5色ワンタン誕生秘話、バラしちゃって構いませんか」と彼女に確かめると「いいですよぉ、そういうのは正直な方がいいですから」。
とはいえ「五色馄饨」(五色ワンタン)にたどり着くまでの物語は、よく聞けば李文娟さんが日本という国と歩んできた道のりそのものだったようで……。
蘇州の貿易会社で現地の刺繍職人さんたちと、日本から発注されるデザインに応じた商品の制作に追われる日々を過ごしていた李文娟さん。日本のお菓子にあこがれて、来日後は製菓学校等で学び「将来は喫茶店を」と夢見ていました。折しも2010年代はスタバに代表されるカフェブームが一段落して「特徴のある喫茶店」が流行し始めた時期。李文娟さんは「自分の売りにできるものは?」と思案を巡らせます。
頭に浮かんだのは、自宅のある所沢で開催された国際交流イベントに「中国の味を」と頼まれて参加し、故郷・蘇州のワンタンが好評だったこと。そして子どもの幼稚園のママ友とのランチ会で振る舞った際にも、日本の友人たちにすごく喜ばれたこと。
そこで「蘇州のワンタンならいけるのでは」と考え、まずはスタンダードな「ナズナ餡」と、自分の好物の「コーン餡」をメインメニューとすることに決めました。さらに日中両国の友人たちに好まれる「エビ餡」も、ワンタンのバリエーションとして加えることにしました。
模索を続ける李文娟さんでしたが2014年2月、45年ぶりとなる大雪が関東地方を襲います。スーパーから野菜が消え、価格も高騰。「野菜を使ったワンタンでは安定的に出せないということか」と悩んだ末にたどり着いたのが、気候の影響を受けにくい「キノコ餡」と「キムチ餡」でした。当時はちょうど発酵ブーム。李文娟さんは「キムチなら根強い人気もある」と判断したそうです。
もともと美しさと繊細さが求められる刺繍の世界で働いていた李文娟さん。「特にアート系の勉強はしていない」そうですが、伝統を継承しながら同時に可愛らしさも追及した「五色馄饨」(五色ワンタン)をはじめとするメニューが評判を呼び、所沢のカフェダイニングの後、大久保に2軒目を出店するに至ったのです。
さてここで「蘇園餛飩」もうひとつの人気メニュー、華やかな「五色馄饨」(五色ワンタン)とはビジュアルが真逆の「葱油面」(ねぎ油そば)もご紹介させてください。
「葱油面」(ねぎ油そば)とは蘇州の朝ご飯や軽食の定番、いわば蘇州っ子のソウルフード。葱油醤油ダレを絡めていただくいわゆる「混ぜ麺」ですが、焦げ茶色のタレの上に白みが強く縮れのない細麺が盛られて、焦がし葱が散らされた極めて地味~な一品です。
これをどのくらい混ぜるかというと、麺が伸びないうちに手早く、でも真っ黒になるまで徹底的に混ぜます! 蘇州人の朋友に実演してもらった動画がコチラ(↓):
動画でもおしゃべりしていますが、混ぜ混ぜしていると葱油の豊かな香りが立ち上ってきて食欲が増し増しに。それもそのはず、見た目だけでは「焦がし葱、これっぽっち?」と勘違いしがちですが、葱が熱~い油で焦がされて縮んだ末の姿なので、焦がし葱にも、またその油を用いたタレにも、葱の風味が凝縮されているのです。
さらに在日蘇州人たちの胃袋を掴んだのが、麺です。ラーメン店等で見かける中華麺より細く、白さの目立つストレート麺こそ蘇州流。李文娟さん曰く「材料等の関係もあって、日本で蘇州の麺を完全に再現することはできません。でも限りなく近づけたという自信はあります」とのこと。
実際に懐かしの「葱油面」(ねぎ油そば)を食べたくて、日本で暮らす蘇州人が続々来店しています。これまで蘇州出身の方々は、上海や福建、東北三省など来日人数が多いエリアの中国人と比べて数が少ないということもあり、同郷会などもなかったそうなのですが、いまや「蘇園餛飩」がその拠点になっているのだとか。ソウルフードの吸引力、恐るべし。また蘇州で働いていた日本人が帰国後、連れ立って訪れることもあるそうですよ。
とにもかくにも、アレもコレもレポートしたいところではあるのですが、長くなるばっかりなので以降は簡潔に、そのほかのメニューから一部をご紹介! 詳しいことはお店で、李文娟さんに聞いてください(笑)。
これまた蘇州名物「焖肉面(メンロウミェン)」(肉麺990円)。
豚肉は1日目:仕込み→2日目:煮込み(6時間)→一晩寝かせて3日目にようやく供される手間暇かけたもの。アッという間に本日分終了になるので食べられたらラッキーかも。
昔ながらの蘇州菓子「肉月饼(ロウユエビン)」(肉月餅330円)。
蘇州朋友は肉月饼を頬張りながら「故郷にいる時にはほかにもおいしいものいっぱいあるし、敢えてこういうお菓子を食べることってなかったんだけど、海外で暮らしていると、おじいちゃんおばあちゃんの家で食べたこの味が懐かしくて堪らなくなることがある」と語ってくれました。
肉月饼もお肉ぎゅうぎゅう!
李文娟さんによれば「いまでこそ月餅もワンタンも、いつでも食べられるようになったけれど、小さい頃は中秋節とか旧正月とか親戚が来る時とか、そういうハレの日のご馳走で、ワクワクするものだったんですよ!」とのこと。
これまた蘇州の伝統菓子「蟹壳黄(シエクーホアン)」(蟹殻黄308円)。
名前の由来は見た目が“蟹の殻”に似ているから。故郷の味に蘇州朋友も一口齧って「ハイチェ!」(好吃=おいしい)って、思わず蘇州語で呟いていました。
蟹壳黄は、いわば中国のパイ菓子でサックサク♪
お皿にポロポロこぼれたパイ皮も最後に集めて食べちゃいました!
蘇州伝統点心「松糕(ソンガオ)」(米粉餅)ヴィーガンバージョン!(130円)。
スイーツについて専門的に学んだ李文娟さんによれば「西洋菓子はバター、中華菓子はラードを使うのが基本ですが『よりヘルシーなものを』と考えて『蘇園餛飩』では日本産の米油で作っています」とのこと。
この日いただいた松糕はローズ餡!
そーっと割ってみると、ふわぁっと薔薇の香りが広がり気分はオスカル♪
「拉糕(ラーガオ)」(糯米粉餅5個入り880円)。
こちらはお持ち帰りで。レンジで30秒チンすればモチモチに。お汁粉に入れても美味。
「花酥(ホワスー)」(フラワークッキー297円)。
こちらもお持ち帰りで。小麦粉+ラードの生地で白あんを包み焼き上げたキュートな中華クッキー。
「酒醸(ジゥニャン)」(中華甘酒1300円)。
こちらもお持ち帰りで。「これからまだ発酵が進むので、味の変化を楽しんで。でもお客さんからは『分かってはいたけど数日で食べ切っちゃった!』って言われるんですよ」とのこと。ちなみに我が家では梅酒とブレンドしていただきました、甘酸っぱくて最ッ高!
最後に、李文娟さんから「東京ディープチャイナ研究会」をご覧になっている皆様にメッセージをいただきました☆
「日本で故郷の料理を再現するのは、正直にいえば難しいこともあります。でも同郷の仲間たちにまず試食してもらったり、日本の製麵所の方たちと試作を重ねたりして、おかげさまで蘇州自慢の『蘇州料理』をお出しすることができています。
『蘇園餛飩』は開業後すぐコロナ禍で苦しい時もありましたが、その間も一生懸命、商品開発に努めてきました。故郷へ帰れなくなってしまった蘇州の人たちがいつも以上に足を運んでくださったり、『東京ディープチャイナ』のガイドブックで蘇州料理を知ってお店にいらしてくださる方もいらして、本当に有り難いです。
帰りがけに『ありがとう、おいしかった』と言っていただけるのが、一番うれしいですね。皆様もぜひお越しください。お待ちしています!」
李文娟さん&「蘇園餛飩」常連の蘇州朋友、この度は非常感謝♪ 蘇州の味が恋しくなったら、きっとまた遊びに行きます! 所沢の「ダイニングカフェ蘇(スー)」にも、足を伸ばしてみようかな。
店内から大久保の路地を眺めるとアラ不思議! 蘇州の雑踏が聴こえてきそう。
店舗情報
蘇園餛飩(ワンタン)
新宿区北新宿1-7-20 プロスペリタ新宿102
03-5330-1808
11:00-22:00 ※月曜休
カフェダイニング蘇(スー)
埼玉県所沢市小手指町1-15-11アゼリア5 1F
04-2008-1188
11:00-22:00