池袋「ガチ中華」の先がけとなった「永利」の中国東北料理の魅力

池袋の「ガチ中華」にまつわる興味深いデータがあります。

在外華人の研究で知られる山下清海筑波大学名誉教授と数人の研究者が制作した「池袋チャイナタウンガイド(池袋华人街指南)」(2007年)という小冊子をみると、当時の西池袋の中国系飲食店の数は35軒でした。

※当研究会では、池袋を「チャイナタウン」と呼ぶことは控えています。理由はこちらです。

一方、当研究会が今年7月に刊行した「新版 攻略!東京ディープチャイナ」(産学社)によると、2022年6月現在に西池袋にある「ガチ中華」や中華食材店の数は102店でした。

つまり、この12年間で約3倍近く店が増えているのです。

どうしてこんなに増えたのかについては、別の機会にあらためて解説することにしたいと思いますが、池袋が「ガチ中華」の町となった、その先駆けとなった店があります。

山下先生が「池袋では東北料理店の老舗的存在」と解説している中国東北料理店「永利」(東京都豊島区池袋)です。

永利

1999年12月に西池袋にオープンした「永利」は、末永永利さんという中国残留孤児の方が始めた店です。神田で梁宝璋さんが同じ東北料理の店「味坊」をオープンしたのが2000年1月9日のことですから、ほぼ同じ時期です。

永利は2000年代前半に本場の中華を出す店として「Hanako」のような女性誌にも取り上げられたことがあります。味坊が神田という丸の内に近い地で、中国駐在帰りなど、中国と縁のある日本の人たちに支持されてきたのに対し、永利は20数年にわたって、西池袋という在日中国人のビジネスの町として、またその世界を理解する日本の人たちからの支持を得て、営業を続けてきました。

その後、六本木や特に豊洲方面に店を3店オープンさせるなど、現在都内に6店を営業しています。また同グループで長くマネージャーを務めた福建出身の小林結希さんによると、現在では中国遼寧省の大連にもいくつかレストランを営業しているそうです。

豊洲駅前店

都内の「ガチ中華」の発掘を通して、はっきりと見えてきたことがあります。それは、日本の「ガチ中華」を主に支えているのは中国東北出身者だといっていいことです。オーナーたちと話していても、調理人だけでなく、厨房や配膳で働く中国系の人たちの7割近くが東北人ではないかというのが彼らの共通認識です。

そこで、今回は永利で味わえる中国東北料理について紹介したいと思います。

中国東北地方のマップ

中国東北地方は、遼寧省、吉林省、黒龍江省と内蒙古自治区東部のエリアのこと。広大な大地が広がり、夕日の美しさで知られ、かつて満洲と呼ばれた土地です。

中国東北地方の美しい夕日

東北料理は、19世紀以降に山東省から渤海を渡って満洲に来た漢人の労働移民がつくった素朴な田舎料理が始まりで、全国的に知られる名菜は少ないですが、鍋や煮込み料理が多く、味つけは濃く塩気も強いです。

東北料理の調理法には「燉(ドゥン)」と呼ばれる、とろ火で煮込むものが多く、背景には北部の黒龍江省では冬になると-30℃にもなる寒冷な気候風土があります。

水餃子やマントウ(蒸しパン)、トウモロコシなどを主食としてよく食べます。

トウモロコシ

もともと中国の主要民族である漢族ではなく、清朝を興した満州族やモンゴル族、朝鮮族などが暮らしていた土地で、伝統的な中華料理とは異なる食文化がありました。さらに、ハルビンのある黒龍江省は歴史的にロシアの影響を受け、また長春のある吉林省は朝鮮東北部と接していることから朝鮮の食文化も流入しています。これら異民族の食文化の融合が東北料理を生んだといえるでしょう。

また少し毛色が違うのが、黄海に面した遼寧省の大連で、山東省の港湾都市、煙台の料理を土台とした海鮮を使った料理が多いこと。水餃子に魚やアワビを入れたり、淡白な白湯スープの海鮮鍋や刺し身を好んで食べたり、日本食の影響もみられます。

永利で食べられる主な料理を具体的に紹介しましょう。

まずは水餃子。日本では焼き餃子が一般的ですが、中国、特に東北地方では水餃子が普通です。東北の人たちは、旧正月前には家族みんなでつくって食べるそうです。

水餃子

東北地方では、豆腐を脱水して固めた干豆腐が食材としてよく使われます。その細切りにパクチーと野菜を和えた干豆腐絲(ガンドウフスー)はヘルシーな前菜メニュー。油で炒めることもあります。

干豆腐絲(ガンドウフスー)

これは骨付き豚肉の醤油煮で、東北醤骨头(ドンベイジャングゥトウ)といいます。大ぶりの豚の背骨のガラを醤油でじっくり煮込んだもので、飾らない盛りつけがいかにも東北らしいといえますが、正直少し塩気が強いです。

東北醤骨头(ドンベイジャングゥトウ)

東北醤骨頭を初めて永利で食べたという人もいるかもしれません。食べ方は、手にとって骨の間にくっついた肉を箸でこそぎ取ったり、そのままかぶりついたりと豪快です。永利では、中国の女性は大胆にかぶりついていますが、手が汚れないようビニール手袋を用意してくれます。

東北料理らしい料理のひとつが地三鮮(ディサンシエン)です。素揚げしたナスやジャガイモ、ピーマンを片栗粉でコーティングして醤油煮したもの。中国で食べるとトウガラシがけっこう入っていますが、永利ではそんなことはなく、ご飯に合います。できたては口の中でとろけるようでうまみが広がりますが、特にナスが見た目より熱いので、やけどしないよう気をつけたいところです。

地三鮮(ディサンシエン)

東北料理を代表するのが、ヘルシーで酸味とコクのある酸菜白肉鍋(スアンツァイバイロウグオ)です。東北地方では夏の間収穫した白菜を甕で塩漬けして発酵させた酸菜を冬の間によく食べます。その酸菜のスープをベースに薄切りの豚バラ肉や豆腐、春雨などを煮込んだ発酵鍋です。

酸菜白肉鍋(スアンツァイバイロウグオ)

腸内環境を整える鍋ともいわれ、酸菜のコクやさわやかな酸味が肉を優しく包みます。牛肉や羊肉でもいいし、冬はカキを入れるとおいしいです。

そして、東北の肉料理として有名なのが鍋包肉(グオバオロウ)。豚ひれ肉をスライスし、衣をつけてさっと揚げ、甘酢あんをかけたものです。

鍋包肉(グオバオロウ)

この料理は黒龍江省ハルビン生まれといわれています。ハルビンには1907年創業の「老厨家」という老舗レストランがあり、その初代調理人が、当時東清鉄道建設のために現地にいたロシア人向けにナイフとフォークで食べやすいよう創案した一品だと伝えられています。やわらかい食感と酸味で、ご飯と一緒に食べてもいいし、ビールにも合います。

日本人は中華宴会のしめにチャーハンや焼きそばを注文したがりますが、中国の人たちはあまり宴会のときはご飯ものを食べません。代わりに、小饅頭(シャオマントゥ)のようなパンにコンデンスミルクを付けてデザートとして食べたりします。

小饅頭(シャオマントゥ)のようなパン

ほかにもさまざまな東北料理はありますし、現在の永利では昨今の「ガチ中華」ブームの影響で、四川料理や火鍋なども提供していて、店のニューはとても分厚いです。

永利の東北料理

こうして永利が伝えた東北料理は、広く東京に根付いているといえるでしょう。

(東京ディープチャイナ研究会)

店舗情報

永利本店

豊島区池袋1-2-6 ベルメゾン池袋
03-5951-0557
https://www.ei-ri.jp

池袋西口店

豊島区池袋2-3-3
03-5868-0443  

六本木店

港区六本木7-18-8
第3大栄ビル2F
03-5411-5888

豊洲駅前店

江東区豊洲3-3-3
03-3536-1908

豊洲2号店

江東区豊洲3-3-3
03-3536-1908

豊洲3号店

江東区豊洲4-4-27
03-6220-3005

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