中華の羊肉料理の代表格「羊肉串」と神田味坊について

見るだけで腹が減る魅惑の羊肉串

こんにちは。羊齧協会という名前の団体で、羊肉の普及を行っている菊池と申します。その協会をやりつつ、四川フェス https://meiweisichuan.jp/sisen-fes2020の実行副委員長をやったり、台湾の交流団体の副会長をやったりと、中華圏とのかかわりが深く、北京に20世紀末から4年住んでいたこともあり、今回より羊肉と中華料理の切り口で、いろいろと書いていきます。最初の回は、個人的に中華と羊では切っても切れない関係の「羊肉串」についてです。

世界一羊を食う国、それが「中華人民共和国」

羊肉というと「ジンギスカン」「フレンチ」「インド料理」などが思いつく人はいるでしょうが、「中華料理」を思い出す人は少ないのではないでしょうか? しかし、中華と羊肉は切っても切れない深いかかわりがあるのです。美(羊+大)、養(羊+食)、鮮(魚+羊)など漢字の中に「羊」が入るものも多く、「羊頭狗肉」の故事成語などいろいろありますが、今回は歴史系の話は長くなるので大幅カットで、統計の話から始めていきます。

中国は「羊の生産量世界一、輸入量も世界一」と、2億頭近い羊を飼っていながら、さらに世界中から羊を買いまくっているほどの羊大好き国家で、総量でいうと世界でいちばん羊肉を食べている国です。

また、国内に多くの少数民族を抱える多民族国家でもあることから、羊肉の料理方法もさまざまで、羊の背骨鍋「羊蠍子(ヤンシェズ)」、西安名物で、焼いたナンのようなものをちぎりいれる「羊肉泡饃(ヤンロウパオモー)」、羊の内臓などが全部入っている「羊雑湯(ヤンザータン)」など、枚挙にいとまがありません。

しかし日本でいうのなら、中華料理で羊と言うと、まず皆さんが思い出すのが、

「羊肉串(ヤンロウツァン)」じゃないでしょうか??

少なくとも、私の周りですと、断トツでそうなるのです。

中国居住組の羊のイメージの代表格、羊肉串

中国駐在組、留学組の中では、「中華の羊=羊肉串」であることは間違いありません。特に、若いころ中国に住んでいた者にとって、羊肉串は懐かしの中国ジャンクフードのひとつなのです。竹串や、鉄串の代わりに自転車のスポークをペンチで切り、その先を研いだ鉄串!に刺さった羊の肉は、鮮度から味まで千差万別。

瀋陽のイスラム街の屋台。2017年頃だが20世紀の香りがまだまだする

路上の暗闇で売っていた「これ本当に羊?」と言われていた粗雑なものから、高級ムスリムレストランで食べた高級羊肉串まで、私が北京に住んでいたとき、好きで好きでたまらず、毎日見つけるたびに買って食べていました。10代後半から4年間なのでおそらく、私の体の一部は、確実に北京の路上で売っていた羊肉でできています。多分。

あの頃は、1本8角(中国の貨幣単位は1元=10角(毛)=100分)、当時の価格で10円ぐらい。それと、1本2.5元のぬるい燕京ビールでかなり幸せだった北京の路地裏の青春でした。

その当時(2000年前後)はビールを注文するとき「冷えたやつ!」と言わないと、ぬるい常温が出てくるのが当たり前で、屋台で売っているものは常温のみ。そのビールもアルコール度が低く、味も薄いもので、それがまた料理の味を邪魔せず美味しく楽しめるので、いつまでも羊肉串を齧りながら、ビールを飲んでいたものです。

2016年頃の重慶の裏路地の肉屋。これも20世紀の雰囲気がまだ残る。こんな街角で売られていたのが羊肉串

大気汚染の原因は羊肉串!? 消えた羊肉串の屋台

PM2.5が話題となり、大気汚染問題に取り組み始めた中国で、大気汚染の原因のひとつは羊肉串などの屋台の炭との見方もあり、北京では路上であの懐かしい羊肉串を味わうことはできません。いつも北京に行くたびに心の底から残念に思うのがこの部分。

いくら屋台が多かったからといって、大気汚染の原因、どう見ても郊外の工場群じゃ……と思うのですがどうなのでしょうか。転じていえば、それだけ多くの羊串の屋台が北京にあったといえるとも。

徹底排除の前から、屋台は無許可だったらしく、城市管理警察(都市部で設置されている法執行組織)に排除されたり、追っかけられたりしていましたので、理由の如何を問わず、発展する市街から排除されていく存在だったのでしょう。日本で屋台がなくなったのと同じことが中国でも起こっているのだなと。そう考えると、まあ、しょうがないとも思いますが、気軽に買って歩きながら食べるあの風情はやはり格別でした。

羊肉串はいまでは5元以上し、為替レートも変わり、1本80円ぐらい。なかなか、気軽な食べ物ではなくなってきましたが、羊肉串はやはり、中華料理を代表する親しみやすい羊料理であることには違いありません。

地方によっては羊肉串の屋台を見ない場合もあったので、あくまで、華北や東北地方がメインかもしれませんが、雲南や四川や無錫などでも食べたので、広く全国で愛されていたと思います。そして、規制が緩い地方では、まだまだ現役で羊肉串の屋台がある!とのことだったので、コロナ終息後はぜひ食べに行きたいと書きながら決意しています。

モンゴル系料理店で食べたすごいでかい串。こんなタイプもある

日本で追い求めて20年。第一のおすすめは?

さて、日本の羊串のお店をどこか紹介したいなと思いましたが、1本60 円代で出す激安店から、朝鮮族系の串や、ウイグル風などたくさんあります。もう、選択に悩むほど羊肉串のお店は日本に増えているのです。

そこで、シンプルな漢族の串の中より「日本でいちばん有名な羊肉串の店」からご紹介しましょう。その名前は「神田味坊」です。

羊肉串にはいろいろとタイプがあります。大きく分けて以下の2種類。

肉を小さくカットし、外がカリカリになるまでじっくり加熱する「ドライタイプ」、こちらは香ばしさがたまらず、サクサクになった脂肪がたまりません。しっとり焼き上げる「ウエットタイプ」、こちらは肉をやや大振りに切り、肉の中のしっとり感をのこしたまま仕上げるタイプです。

あくまで私の勝手な分類ですが、味坊の羊肉串は、「ウエットタイプ」で、脂身のある部位を使わないあっさりとした仕上がり。そして、香辛料はそんなに使わず、肉の味を引き立てる系に分類され、主に、香辛料で素材の粗雑さを糊塗するきらいがある羊肉串の中では異色の羊串です。しかし、日本でこの味は多くの人に受け入れられ、羊肉串=味坊とイメージするぐらい、地位を得た羊肉串なのです。

一見中国に見えますが神田です

一度、オーナーに美味しさの秘密を聞いたところ、「下処理」と教えてくれました。串のサイズに切った羊肉に下味をつけて、加工してから串うちし、焼くときにスパイスをかけ味を完成させる方式で仕上げているとのこと。やはり、うまい!の裏には丁寧な仕事があります。

この店では、「羊肉串大好き!中華大好き!」というより、「美味しいものが好き」系のお客さんが多く、中国式羊肉串とビオワインが来る方のお決まりのスタイルだとか。

この部分、羊肉や中華料理の未来形を見せてくれるお店だと感じています。好きな人だけだと母数に限界があります。味坊のように、「うまいから」行くようになってこそ初めて、ディープチャイナも羊肉も街に溶け込んだといえるのではと感じます。

日本一有名な羊串。それは、東京ディープチャイナや羊肉の今後を考える上で注目すべきお店でもあるのです。

濃密な羊肉串の世界。1回で書き切る予定が、次から次へとお店や小ネタが沸き上がってきたので、次回はスパイスの部分でお話しできればと。

店舗情報

味坊

千代田区鍛冶町2-11-20
03-5296-3386
https://www.ajibo.jp/kanda.html
※味坊の羊串は通販でもお買い求めいただけます。
https://www.ajibo.jp/item/0004/

こちらは味坊の系列店「羊香味坊」の羊肉串。系列でも肉のサイズやスパイスが違うのが面白い

Writer
記事を書いてくれた人

菊池 一弘

プロフィール

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