最近「麻辣湯」周辺が喧しい。「芸能人が週5通う」「インスタ映えする」などテレビのバラエティ番組や情報誌で連日盛んに取り上げられ、とくにZ世代の女性から熱烈に支持されているという。たしかに最近オープンした麻辣湯の店舗に足を運ぶと、男性が入店するのが憚れるくらい若い女性の姿が目立つ。
筆者が麻辣湯という呼称を初めて知ったのは、35年ほど前の1990年代の香港や台湾、中国のパックツアーで立ち寄る食事でのことだった。麻(花椒の痺れ)と辣(唐辛子の辛味)を効かせたスープに具材を入れて食すいわゆる火鍋のことで、当時は慣れない花椒の痺れで唇がヒリヒリする刺激に驚いた記憶がある。
また別の機会で成都を訪れた際に、長い串に刺した具材を麻辣のスープで煮て食す料理も麻辣湯と呼ばれていたので、長らく麻辣湯=火鍋というイメージを持っていた。
2000年代後半に入ると在留中国人向けに麻辣湯を出す個人のガチ中華が池袋で出始め、当時著名なラーメン評論家が渋谷桜が丘で開業した「七宝麻辣湯」がこれまでの麻辣湯の概念を大きく変えることとなった。こちらのお店はとくに宣伝をしていなかったが、当時から日本人女性客で賑わっていた覚えがある。
麻辣湯とはなにか?
現在人気の麻辣湯とは、大型の冷蔵ショーケースに並ぶ50種類近い野菜や肉、練り物から自分の好きな具材を取って1グラム何3.1~4円の量り売りで精算し、スープや辛さレベルを選んで調理されたものが丼で提供される汁麺料理を指す。店舗の面積が小さいところでは冷蔵ショーケースを設けず具材を固定しているところや注文票に好みの具材をチェックする店舗もあるなど多様化しているのも特徴といえる。
麻辣といってもお店が味の調節をしてくれるので、辛さや痺れが苦手な方でも安心して食べられるのも人気の一因なのかもしれない。
現在人気の麻辣湯は2000年代初頭に中国東北地方で一人でも気軽に食べられるようラーメンのように丼料理にアレンジしたものが起源と言われている。中国では麻辣湯チェーンが多数あるが、2大チェーンの「楊國福麻辣湯」(中国国内7000軒! 海外10ヵ国)と「張亮麻辣燙」(中国国内で5800軒)はいずれもそのころに中国東北地方で創業されている。


麻辣湯ブーム到来のきっかけ
それではなぜいま日本で麻辣湯ブームが到来しているのだろうか。その理由はいくつかのタイミングが偶然重なったように思える。
一つは「女性に刺さった」こと。麻辣湯は小麦粉の麺の代わりに春雨を使用し、唐辛子のカプサイシンで脂肪燃焼が図れ、ナツメやクコなどの薬膳の素材や繊維質の豊富な野菜がふんだんに入っていることから「低カロリーでヘルシー」いわゆるノーギルティなイメージが醸成され、SNSでインフルエンサーがそのメリットを喧伝するなどして各種メディアに注目されるようになった。
そして近年女性の飲食店への「おひとりさま」の来店が珍しくなくなったこともあり、女性客の来店需要が高まったことが人気を後押しすることになったといえる。
二つ目に中国企業の本格上陸。先に挙げた「楊國福麻辣湯」「張亮麻辣燙」は2017年から18年にかけて時を同じくして日本(東京)に上陸し、在留中国人をメインに集客を図り麻辣湯の知名度を高めてきた。
とくに「楊國福麻辣湯」は現在の麻辣湯人気に乗り、東京都心部以外にも下北沢や横浜中華街、神戸などに積極的に出店攻勢をかけている。また在留中国人人口の多い山手線上半分エリアでは新興店舗の開店が目立ち、今後も増加が見込まれている。


三つ目に「韓国経由での人気の流入」。韓国には朝鮮族つながりで中国東北部出身の中国人が多数在住しており、日本同様に中華料理がポピュラーで韓国の食文化に以前から深く浸透している。
韓国では辛さの「辣」には慣れているが「麻」は新鮮な刺激のためコロナ禍前の2019年ごろから首都ソウルで麻辣湯を指す「マラタン」がじわじわと流行し始め、K-POPスターが話題にすることにより日本にも話題が流入。Z世代を中心に話題になった経緯がある。
実は麻辣湯ブームは日本より先に韓国で起こっていたのである。東京では韓国発として今年(2025年)になってから「麻辣工房」(高田馬場)や「亜米麻辣湯」(YUMMY MARATANG:新大久保)がFC展開するなど、現在の麻辣湯人気の一翼を担っている。

そして「店側の地道な努力」も忘れてはならない。
日本発の「七宝麻辣湯」はブームになるより以前の2007年に渋谷で開店し、日本人の好みに合わせた味に少しずつ調整してこれまで多くの日本人女性客のリピーターを獲得してきた。その結果、効率性や客層などのポテンシャルに目を付けた大手飲食チェーン運営企業と業務提携することによりフランチャイズ展開が始まり、プラットフォームが整うタイミングで今回のブームを迎えることとなった。その勢いは止まらず、現在は関東25店舗のほか大阪、新潟、福岡にも拡大中である。
魅力的なビジネスモデル
作り手側から見て麻辣湯ビジネスは魅力的だ。なぜなら「スープ製作の技術さえあれば専門的な調理技術は問わない」「特別な厨房機材・食材を使用しない」「食材が欠品した場合でも代替品で賄える」「セルフのため従業員は最小人員」という、現代の飲食業界が抱える人手不足、属人化、設備投資費用の高騰、食品ロス、ロジスティクスの課題が一気に解消される魅力的なパッケージだからだ。
またラーメン業界などでイメージされる「3K」で男性メインの職場とは異なり、麻辣湯店はキッチンを含めて多くの若い女性スタッフの姿を目にする。カフェを思わせる店舗の明るくクリーンなイメージが求人獲得にも一役買っているのだろう。
現在の人気は一種のブームなのか?
魅力的なビジネスモデルを背景に、今後はガチ中華店舗による模倣や不採算ラーメン店の業態転換が積極的に行われることだろう。また参入障壁が低く異業種からの参入が容易であることと、フランチャイズビジネスにおけるプラットフォームが整えられつつある状況下により麻辣湯店舗の急激な開店ラッシュが始まることが容易に予測される。
すでに富裕層向けの高級料理食べ放題の「銀座八芳」の経営元が日暮里に「孫二娘」ブランドで小規模の麻辣湯の店をオープンするなど、ガチ中華の店舗展開がすでに始まっており、あらたな局面を迎えている。

これまで何回かブームの波が来ているラーメン業態のように、一気に加速した後急速に淘汰されていくことも容易に想像できる。まず飲食スキルの浅い店舗や調理技術や運営があまりにも稚拙な店舗、立地に恵まれない店舗などがその波に飲まれ、次に競合するエリアでじわじわと脱落し大手チェーンと地域一番店が「勝ち組」となっていくパターンである。
ただブームの影響はデメリットばかりではない。参入のすそ野が広がることにより味やシステムの多様化が進み、今後はこれまでにない味やシステムが登場してくると思われる。
例えば、京野菜を使った高級志向の麻辣湯、インド風やウイグル風などのエスニックな麻辣湯、フレンチシェフが手掛ける麻辣湯(この場合麻辣湯とは呼べないかも)など。
また、最近流行の油そばを想起させる麻辣湯を炒めた汁なしの「麻辣香鍋」への着目など、いずれにしても麻辣湯はブームの終焉により廃れることなく日本の食文化に定着していくことは間違いないと思われる。
麻辣湯を知るためのおすすめ店
それでは最後に筆者おすすめの麻辣湯店を挙げてみたい。
「七宝麻辣湯」
七宝麻辣湯 公式サイト
http://maratan.com
中国本土系の店舗ではスタッフが日本語の拙い中国人がほとんどで慣れない方は入りづらいが、こちらは日本人スタッフがメインで日本人向けにアレンジされた味や店の内外装のため麻辣湯入門編としておすすめ。池袋や飯田橋、五反田など都内19か所に店舗があり、アクセスも便利。
「湯火功夫」(心斎橋)
関西でも美味しい麻辣湯を味わうことができる。全世界で2700店舗を有するこちらの店舗は、現在は関西・名古屋でドミナント展開をしている(池袋店は閉店)。
多くのガチ中華店が導入しているQRコードを読み込んでスマホでオーダーするシステムは、麻辣湯では珍しい。
「ヤンチャン麻辣湯」(高円寺)
人気中国人女性ユーチューバーが開業しただけあり味からメニュー構成、分かりやすい案内、お店のインテリア、品ぞろえなどバランスよくまとまっており、麻辣湯についての理解が深められるはずである。
中国発の麻辣湯は日本に上陸して10数年余りのまだ発展途上の料理と言える。しかし日本人は古来より自家薬籠中のものを得意としており、この数年で劇的に変化をしていくことが予想され、とくに感性の高い女性客層を巻き込んでの今回のブームは大きな将来性を感じている。麻辣湯愛好者としては今後の展開を楽しみに見守っていきたい。
(清水博丈)
Writer
記事を書いてくれた人
