東京に暮らす中国朝鮮族の人たちが供するスパイシー羊肉串と延辺料理

延辺朝鮮族料理をご存知でしょうか。

延辺朝鮮族というのは、吉林省東部に位置する延辺朝鮮族自治州(以下、延辺)に暮らす朝鮮系住民(中国では朝鮮族と呼ばれています)のことです。つまり、東京に住む中国の延辺朝鮮族の人たちが供する料理をいいます。

延辺はおいしい米を産する土地として知られ、中朝国境にまたがる美しいカルデラ湖で知られる長白山のふもとで採れる朝鮮人参や豊富なキノコ類などの山の幸とともに、お隣の国北朝鮮から日本海でとれる海産物が届くので、豊かな食材に恵まれています。

この地方の料理は、図們江を隔てて延辺の南に隣接する北朝鮮の咸鏡北道の味覚をベースにしていますが、中国料理の影響も受けた独特の中朝ミックス料理といえます。さらに、近年は韓国の影響も受け、多様化しています。韓国でも地方によって味が変わるように、延辺朝鮮族料理≒韓国料理で、延辺独自の食材やメニューがあります。

以下、都内で食べられる延辺朝鮮族料理(以下、延辺料理)を紹介しましょう。

最初に挙げたいのは、この地方の羊の串焼き(羊肉串)です。特徴は、串焼きにつける「串料」と呼ばれるスパイスにあります。トウガラシだけではなく、口の中がスッとするクミンなど複数のスパイスを混ぜ合わせています。

延辺料理店に行ったら、まず羊肉串を何本かまとめて注文しましょう。厨房で炭火焼きして出してくれる店もありますが、各テーブルに設置された串焼き機で焼きたてを食べられる店もあります。

羊肉が香ばしく焼けるのを待ちながら、延辺料理のつまみを頼みましょう。まずはキムチの盛り合わせから。延辺のキムチは韓国のような甘みはなく、さっぱりしています。

スンデ(猪肉米腸)はもち米入り豚の腸詰です。韓国でも食べられますが、もともと咸鏡北道の郷土料理で、韓国のものに比べると、シンプルな味わいです。

ジャガイモチヂミ(土豆煎餅)もこの地方の料理です。ジャガイモのでんぷん質を生かした素朴な料理で、ヨモギの葉を練りこむなどひと工夫で食感と香りが変わります。

そして、延辺名物の冷麺です。酸味のあるさっぱりスープと日本の韓国料理の冷麺ほどコシが強くはないですが、食べごたえのある麺です。延辺の州都である延吉には、「金達莱」という老舗の大衆的な冷麺専門店があります。3階建ての同店では、1階は日本の立ち食い蕎麦屋に近く、市民は気軽に立ち寄り、ささっとそばを食べて出ていく雰囲気ですが、2階や3階では一品料理を出す会食用のレストランです。

この地方ではトウモロコシ麺(玉米温麺)もよく食べます。羊肉串を食べたあとのシメはトウモロコシ麺でキマリ、というのが延辺風といえるでしょう。小麦麺に比べ弾力こそありませんが、独特のコシとつるんとした舌触りのある麺は、しっかりおなかにたまる感じです。

現地の友人の話では、串焼きのシメに、汁なしトウモロコシ麺を食べるのが流行っているそうです。トウガラシたっぷりのピリ辛でおいしいです。その日の気分で選べばいいと思います。

延辺の食を語るうえで、補身湯(ポシンタン 狗鍋)は外せません。昔からこの地方では狗鍋が食べられており、専門店が並ぶ通りもあります。犬食については国際的な批判の声もありますが、朝鮮半島の伝統的な食文化のひとつです。

都内の延辺料理店の中にも補身湯が食べられる店があります。補身湯はさまざまな香辛料が加えられた濃厚なスープです。もともと夏バテ防止に食べる鍋だけあって、精がつくことうけあいです。ほかにも、炒めたり、茹でたりといろいろな食べ方があり、延辺産の濃いミソを付けて食べます。

延辺の人たちが好んで飲むのが、地酒の高粱酒です。コーリャンでつくった白酒のことで、アルコール度数は40~50度のものが多いです。冬は図們江も凍るほどの寒い気候ですから、この地方の人たちは強い酒を好みます。

もちろん、最近は韓国のソジュ(焼酎)などのアルコール度数の低いお酒も入っていますし、地元銘柄の冰川(ビンチュアン)ビールもいけます。

ところで、都内の延辺料理店でひとつだけ残念なことがあります。それは、延辺料理の絶品ともいえるタッコム(鶏飯)を食べられる店がないことです(もしあったら教えてくださいね)。

鶏飯はアジア各国や奄美大島などでも知られる炊き込み鶏ご飯のことですが、延辺では鶏が丸ごと入っていて、たまらないおいしさです。いわば汁なしサムゲタン(参鶏湯)のようなもので、内臓を取り出した鶏の内側にキノコや朝鮮人参、マツの実など体に良さそうな食材がたくさんが入っています。

店によっては、鶏肉を食べやすくほぐして切り身にしてくれることもありますが、ふっくら炊き上げたご飯に箸を入れると、丸ごと鶏が出てきたときのうれしさは格別です。延辺のタッコムが美味なる理由は、長白山に自生する朝鮮人参などの素材や地鶏が極上であることに加え、米のおいしさにあります。

実際、延辺産の米は中国一おいしいと地元の人はいいます。戦前、寒さに強く品種改良された日本の稲がこの地に持ち込まれた歴史があるからです。ホクホクの地鶏のうまみとふっくらと水分を含んだ甘みのあるもち米がやさしくマッチしています。

注文を受けてからでは、アツアツの炊き込みご飯を調理するまでに時間がかかることが、都内の延辺料理店でタッコムを提供するのがためらわれている理由ではないかと思います。広東風土鍋の煲仔飯(ボウジャイファン)を出す店が少ないのと同じ理由でしょう。

山菜炒め(炒蕨菜)も延辺ならではの味わいです。長白山山麓で採れた山菜を軽く炒めたものですが、新鮮な食材がないため、これも都内ではなかなか味わえない一品です。

現地で聞いた話では、日本で売られている山菜の水煮の多くは、長白山のふもとで栽培されたものだそうです。中国でいったん水煮してパック詰めされて日本に届いているわけですが、採れたての新鮮な山菜でなければ、延辺の味は出せないことでしょう。

この写真は長白山のふもとの食堂で食べた宴会用の延辺料理です。地鶏の丸茹でやキクラゲ、トマトなどの新鮮な食材、鯉のあらいまであります。食堂の前の庭では豚を一匹丸焼きにしていました。

コロナ前までは、関空から延吉まで直行便が飛んでいました。本当なら現地で味わいたい一品ばかりですが、都内の延辺料理店で試していただきたいと思います。

撮影/佐藤憲一

(東京ディープチャイナ研究会)

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