テーブルに設えられた石鍋から、いきなり真っ白な蒸気が天井を突くまでの勢いで吹き上がりました。
まるで間欠泉のようです。いったいこれは何でしょうか?
東京ディープチャイナ研究会では、これまで海外でしか食べられなかった「ガチ中華」が続々と日本に届けられているのを発掘してきました。
今回紹介するのは、蒸気石鍋という本邦初公開の特製鍋を使った料理で、「蒸気石鍋魚(じょうきいしなべさかな/ジェンチーシーグオユィー)」と言います。
シンガポール名物の火鍋が、真ん中の煙突から蒸気が出るさまから「スチームボート(Steam Boat)」と呼ばれるのに対し、蒸気石鍋魚の英語名は「スチームストーンポットフィッシュ(Steam Stone Pot Fish)」です。単なるしゃぶしゃぶに過ぎないスチームボートと比べても、その調理法ははるかに進化しています。
四川の麻辣火鍋のような大量な油を一切使わず、強力な蒸気の圧力でつくる美味なるヘルシー魚スープが特徴です。美味しくて身体にいいのはもちろん、冒頭の蒸気の吹き上がるパフォーマンスは食卓を囲むみなさんの目と耳と鼻と心も楽しませてくれます。
実はこの蒸気石鍋魚、中国の外食トレンドの発信地である上海の最新グルメ事情を紹介してくれている萩原晶子さんが先日、食レポしてくれた料理です。少数民族が多く暮らし、人気の旅行先である雲南発の料理ということで、上海ではチェーン店がいくつもあるほどの人気だそうです。
では、この蒸気石鍋魚、どんな料理なのか。萩原さんの話をおさらいしましょう。
「特徴はテーブルに備え付けられた石鍋。
取り外しはできない形です。直径50cmほどで、テーブルの下には160度の蒸気が出る管がつながっています。開け閉めはスイッチではなくバルブハンドル。
席についた時点でもうどうしたらよいかわからない状態になりますが、店員さんにすべてお任せでOKです。
まずは「開鍋」。バルブを開けて蒸気を出し、鍋を高温殺菌します。
その後、スープと魚を投入。
蒸し上がるとスープが乳白色に!
魚のタンパク質、脂質、コラーゲン、骨に含まれるレシチンなどが一気に高温になることで白濁するのだそう。魚の旨味が凝縮されたスープでした。
ひととおり食べ終わったら、スープを足して普段の火鍋のように具材を追加します」
つまり、魚とスープをじっくり味わったあと、そのスープで火鍋も楽しめるという、二度美味しい料理なのです。
この未知なる味を日本で初めて提供してくれたのが、上野湯島の雲南料理店「食彩雲南」です。
※ こちらは食彩雲南の四谷三丁目本店↓
ここは雲南名物の薬膳スープの汽鍋鶏や過橋米線で有名な店ですが、同店オーナーの牟明輝(ムメイキ)さんが中国から特注で取り寄せたのが蒸気石鍋でした。
食彩雲南の蒸気石鍋魚は、本場上海の店と比べてもなかなか本格的です。なぜなら、萩原さんの食レポしてくれた上海の店はガラスのふたを使ってハンドルで蒸気の開け閉めしていましたが、こちらでは雲南情緒たっぷりの麦わら帽子のような編み笠を保温蓋として使っているからです。またこの石鍋は取り外し可能なので、そのつど洗浄して使います。そのぶん、編み笠の脇から蒸気が漏れないように、しっかりタオルで覆ってから、蒸気のスイッチオン。
この編み笠には小さな穴が開いていて、そこから蒸気が出てきます。石鍋は蒸気の圧力でグツグツ音を立てるだけでなく、時おり蒸気機関車のボイラーのように震えだすのが迫力満点です。
そのくせこちらは長閑というのかなんだか、笑ってしまいそうになりますね。テーブルの向かいに座った友だちの顔が見えなくなるほどですから。
こうしてしばらく魚が蒸し上がるのを待ちながら、前菜をいただくことになります。
さて、食彩雲南湯島店では、2022年4月現在、3つの魚のコースと3種のスープを用意しています。
干豆腐や口水鶏(よだれ鶏)などの4種の前菜が付き、タイ、スズキ、タイの頭の3種から魚を選びます。さらに、火鍋に入れる野菜やきのこの盛り合わせ、羊肉(牛肉でも可)と肉団子、自家製米線(ミーシェン)という豪華セットになっています。
セット料金は、タイまたはスズキで2980円(税込3278円)、鯛の頭蒸気鍋は2680円(税込2948円)。魚の仕入れの都合で2名様から、要予約です。
ポイントは、「原湯(ユェンタン)」「椒麻湯(ジャオマータン)」「黄金湯(おうごんたん)」という3種のスープのどれを選ぶかです。
原湯は、蒸気で魚を蒸し上げた乳白色のスープで、味つけは数種のタレを自分で選んでいただきます。魚の身と骨から溶け出したコラーゲンやレシチンが凝縮されていて、魚を鍋にしてよく食べる日本でも、このような料理はなかなかないと思います。
椒麻湯は文字どおり、青山椒が利いた黄緑色のスープを使います。
椒麻湯の場合、いったん魚の切り身に素揚げしてから、スープを入れて蒸し上げます。こういう調理の発想も中国的な気がしますが、生魚をそのまま使うより椒麻スープには合うそうです。確かに、白身魚の甘さが染み出したちょっぴり痺れて辛いスープというのは斬新です。スープを飲んだあと、口の中にシャープな香りが残ります。
オーナーの牟さんのおすすめが黄金湯です。カボチャを使った黄色くて甘い、でも痺れや辛さ、酸味も加わった複雑な味わいが魅力です。これも現代中国料理の特徴がよく出ている味といえそうです。
さて、魚とスープを味わったら、次は火鍋も楽しみましょう。
そして、シメは米線です。
先日、東京ディープチャイナ研究会のメンバーは蒸気石鍋魚を実食させていただきましたが、こんな声が上がっています。
「魚の頭は一度素揚げしていて香ばしさがあり、青山椒のピリッとしたスープと合っていて美味しかった!(椒麻湯)」
「すごい音とともに一気に蒸気が上がり、向かい側に座っている友人が見えなくなってしまった。美味しいだけじゃなくてエンターテイメント性もあって面白い!」
「魚の旨味が凝縮されたスープを味わえて健康的な食事だったと思う。キノコや羊肉もセットになってこの料金はかなりお得!」
オーナーの牟さんに話を聞きました。
Q. 中国では蒸気石鍋魚のどんなところが人気なのですか。
「中国のネットを検索すると、蒸気石鍋魚に関するたくさんの情報があふれています。たとえば、この記事では蒸気石鍋魚の人気のポイントを3つ挙げています。
まず濃くて、ミルクのようなコラーゲンたっぷりの魚のスープ。それから、かわいい麦わら帽子のような鍋の蓋。いかにも雲南の山里の長閑なイメージを感じさせます。そして、このスープをつくるのに欠かせないのが、天然鉱石の産地として知られる雲南省通海県大石山で採れた石を加工した石鍋です。この石鍋を使うことで160°Cの高温が保たれ、濃いスープが生まれるのです」
Q. なぜ蒸気石鍋魚を採り入れようと思ったのですか。
「ここ数年、都内には中国各地の珍しい地方料理や新しい外食チェーンなどが出店し、さまざまな中国発の現代料理が食べられるようになりました。
私も常に新しいトレンドや情報の収集に努めているのですが、同時に、自分の店でも日本初上陸の料理を提供したいとずっと考えていました。
これまでうちの店では水を一切使わず蒸気で鶏を丸ごと蒸してスープにする汽鍋鶏や過橋米線などの雲南料理を提供し、ご好評いただいてきました。ですから、うちが始めるとしたら、やはり雲南由来の料理をやりたい。そこで、中国の関係者に頼んで情報収集したところ、蒸気石鍋が面白いと思ったのです。油を使わないのでヘルシーですし、最近都内でも流行している四川風の烤魚(カオユィー)のような麻辣味ではないところが差別化できると思ったのです」
Q. 蒸気石鍋を導入するにあたって現地の味を再現するのにどんな苦労がありましたか。
「蒸気石鍋は中国の厨房機器メーカーから直接取り寄せたのですが、蒸気の加減などを調整するのが最初は難しく、何度も現地のメーカーの担当者とウィチャットで動画や写真などをやりとりしながら、約1カ月近くトライ&エラーを繰り返したものです。おかげさまで、3月下旬にはお店に設置する運びとなりました」
Q. 日本のお客さんにどう味わってほしいですか。
「実は中国ではナマズなどの川魚を使うのが一般的ですが、日本では簡単に手に入らないので、白身魚のタイやスズキを使っています。料理長の張永富(ちょう・えいふ)さんと一緒に、海鮮素材に合わせた蒸気の調整やスープの味つけを考えました。
日本には美味しい魚料理がたくさんありますが、中国にもあります。ただ素材の活かし方や調理法、調味の考え方が少し違います。本場の味を求める日本のお客さんに、ぜひ蒸気石鍋魚を味わっていただきたいです」
牟さんはいま、エビやイカ、アワビなどを使った蒸気石鍋海鮮を開発中で、しめは海鮮のダシのスープでお粥にするそうです。こちらも楽しみですね。
撮影/佐々木遼
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
食彩雲南 湯島店
台東区池之端1-1-1 MK池之端ビル2F
03-3836-1898