私が初めて大阪の生野区今里にある「紫金城」に行ったのは、2013年頃。「旅行人」という個人旅行者向けの旅行雑誌の読者が集う新年会だった。
大阪市の東の端にある生野区は、鶴橋や今里などのコリアンタウンがあることで知られ、市内でも外国人居住者が非常に多いところだ。ポシンタン(狗鍋)やケコギ(狗肉)などのハングル表記が目につく今里本通り商店街は、夜はやや寂れ感が漂うネオン街になる。
そこに怪しげな電飾で「紫金城」の文字が浮かびあがっていた。ガチ中華ブームの今なら、怪しげな電飾の紫金城を見ても、変わっていると思わないかもしれないが、当時は紫金城のような雰囲気の店はとにかく珍しかった。私には、その姿はまるでこの商店街の主(ぬし)のように見えた。
紫金城は、韓国の安東から来た中華料理のシェフであるマスターと中国の瀋陽から来た漢民族でシェフのママ(荊華)が日本で出会い、結婚し、店を持ったのが始まり。マスターは韓国人ではなく、山東省から韓国の仁川に渡った中国人を父に持つ中国人である。
紫金城は韓国式中華料理と中国東北料理のレストランだ。だから紫金城の壁を埋め尽くす料理写真は、どれも中国語と韓国語で料理名が書かれている。定番メニューは約200種類。
たとえば、酢豚は3種類もある。日本の酢豚に似たパイナップル入りの「菠羅咕噜肉(ボールオグールーロウ)」、満州式酢豚の「鍋包肉(グオパオロウ)」は豚天の甘酢あんかけ、韓国式酢豚の「タンスユク」は鍋包肉と似ているが、野菜入りの甘酢あんと肉が別々になっている。
おすすめ料理はいくつもあるけれど、まずは、紫金城を代表する料理を紹介したい。
韓国式酢豚のタンスユク。タレと肉が別々でなかったら、鍋包肉とまちがえそうなほどそっくり。タンスユクは酢豚というより、東北地方の鍋包肉が韓国に伝わったものに思える。
東北風の白菜の漬物(酸菜)と薄切りの豚バラ肉、春雨を煮込んだ川白肉(チュアンバイロウ)は、ママのいちおし料理だ。
東北料理を代表する料理でもあり、業務用の酸菜を使う店もあるが、紫金城は自家製を使っている。それというのも、ママが非常に手作りにこだわる人だから。ママは経営者でもあるが、料理が好きで好きでたまらない人。だから手間も食材も惜しまない。
川白肉は現在、店長を務める山本さんが初めて紫金城を訪れた時にママが作ってくれた料理でもある。まろやかだけどしっかりした酸菜の酸味と豚バラのうまみを吸った春雨は、まさに絶品だ。
同じく酸菜を使った酸菜粉(スワンツァイフェン)は、酸菜、豚モモ肉、春雨の炒めもの。炒めることにより、酸菜の水分が飛ぶので、酸味とうまみが一層濃厚に。酸菜の汁と豚肉のうまみを吸った春雨を炒めるともちもち食感になる。川白肉とほぼ同じ食材ながら、全く異なる味わいなので、ぜひとも食べ比べてほしい。
宮保鶏丁(ゴンパオジーティン)は、ぶつ切りの鶏肉とピーナッツを豆板醤や唐辛子でピリ辛に炒めた料理。ピーナッツのコリコリ感とやわらかい鶏肉の組み合わせがおもしろく、海外でも非常に人気がある中華料理のひとつ。
紫金城では、日本に来る前にアメリカでレストランを経営していたマスターがアメリカで覚えた味を出している。四川式の宮保鶏丁と比べるとマイルドな味付け。小さな食堂だった紫金城が火事で全焼し、現在の3階建てになった後、お店で倒れて亡くなったマスターの味を今も伝える一品だ。中国式の辛味がきいた宮保鶏丁も食べられるが、アメリカ式の宮保鶏丁を味わってもらいたい。
紫金城を代表する麺と言えば、チャジャンミョンだ。チャジャンミョンとは韓国式ジャージャー麺のことで、紫金城では注文を受けてから製麺する。常に出来立ての一番おいしい状態で食べてもらうため、お客がいつ、食べるのかわからない宴会料理で出すことはない。
おすすめは麺と具が別になった特製チャジャンミョン。ズッキーニ、豚バラ肉を入れて炒めた黄醤と甜麵醬は、脂たっぷりでしょっぱ辛い。黄みがかかった麺にかけると、こってり濃厚なみそともちもち食感の重い麺のダブルパンチ! 混ぜるとニチョニチョと言う音が聞こえてきそうなほど、重いみそが麺にからみつく。
紫金城には、ママの味を求めてやってくる常連さんも多いが、コロナ禍で状況が変わった。
日本と中国の行ったり来たりが難しいので、ママは母親の介護のため、瀋陽に長期帰国中。現在、紫金城を切り盛りしているのは、ママの甥の荊広明さんと奥さんの劉思姚さん、そして店長の山本さんだ。瀋陽でもシェフをしていた荊広明さんは、以前からママと一緒に調理をしていたが、今ではママにかわり、紫金城の味と経営を担っている。
山本さんは、もともとは紫金城の常連さんだ。飲食業についていたので、紫金城がもらい火で全焼後、再建時にマスターとママにお願いされ、転職してきた。しかし、経営者というよりも常に最上の料理を出したい料理人であるママと言い争いになることも多く、一時、紫金城を離れていたこともあった。
紫金城でランチを食べていると、中国、韓国のお客はもちろん、ベトナム人に加え、最近、常連になったというガーナ人もやってきた。
山本さんは「ペルー人のお客も来るんですよ」と言う。大阪市内に住む外国人のうち、その2割弱が生野区に住んでいる。紫金城はまさに民族のごった煮と言ってもいい生野区を象徴しているようなお店と言える。
先日、山本さんに「なんで紫禁城じゃなくて、紫金城なんですか?」と気になっていたことを聞いてみた。
私はママのふるさとの瀋陽にある故宮と関係がある(愛親覚羅は満州語で金と言う意味)と想像していた。「マスターがお店の名前を決めるとき、禁の字が思い浮かばなかったから。その程度のゆるい店なんですよ」と教えてくれた。ゆるさは気楽。気をつかわないでいいから居心地がいいのだ。
紫金城は故郷を離れた外国人の常連さんに支えられている。お客の6割がベトナム人だという。料理だけでなく、「いいよ、いいよ、おいでよ」と受け入れてくれる紫金城の居心地に良さに惹きつけられているのではないだろうか。気が付くと、外国人がワヤワヤワヤと集まってくる紫金城は、今里の外国人にとっては、なくてはならない我が家の食卓なのだ。
店舗情報
紫金城
大阪市生野区新今里3-10-26
090-9058-1773
11時から24時。水曜定休
近鉄今里駅から徒歩10分、地下鉄千日前線今里駅5番出口から徒歩15分
Writer
記事を書いてくれた人
浜井 幸子
イベントのお知らせ
10月2日(日)16:00~19:30、第3回セカジモオフ会『食べるぞ!アジアの地元メシ~ガチ中華in大阪』が「紫金城」にて開催されます。奮ってご参加ください!