中国発「ガチ中華」の中でもユニークな存在なのが上海グルメ。中国全土から美味しい味覚が集まってくる上海の最新事情については、現地在住の萩原晶子さんがレポートしてくれていますが、今回は都内にある本格的な上海料理を供する店を紹介したいと思います。
それは池袋西口にある「大沪邨(だうつん ※北京語ではなく上海語読み)」(東京都豊島区西池袋)です。実は中華フードコート「友誼食府」に出店しているお店のひとつでもあります。
友誼食府には食事ができるテーブルがいくつか並んでいますが、もともとは持ち帰り用の販売ブースとしてスタートしています。ですから、本場の上海料理を味わいたいなら、本店に行くべきです。
上海料理の特徴は、江南地方の温和な気候が育んだ地産の水産物を中心に、醬油ベースの甘さで煮込んだり蒸したりしたものが多いことです。今日の「麻辣」ブームとは対極にある味覚の世界です。
大沪邨は、都内でも数少ない上海料理の店です。1990年代には日本に多くの上海人が住んでいましたが、21世紀以降の中国経済の急成長とともに帰国した人が多いです。そのため、都内に上海人が営む店は数店しか残っておらず、当地出身の調理人が出す店は実に少ないので、ここは希少価値が高いです。
店内は1930年代の中華民国時代のレトロイメージを伝える「老上海」のポスターが貼られていて、独特の雰囲気です。
オーナーの沈凱さんは日本に長く住む上海人で、この店では北京語より上海語が聞かれることが多いです。
ではこの店の人気メニューを紹介しましょう。
まず金ニラのタマゴ炒めの「韮黄蛋(ジウホワンダン)」です。
一般に日本で「ニラ玉(韮菜黄炒鶏蛋)」と呼ばれる料理は、ニラの細切りをタマゴで炒めたものですが、これは「金ニラ」を使ったもの。ニラ独特の辛みや香りは控えめで、そのぶん甘みが強く、食感がやわらかいです。
上海風骨付き蒸し鶏の「三黄鶏(サンホアジー)」です。
醤油を使わないシンガポールのチキンライスの蒸し鶏と同じものを、上海では「白斬鶏(バイジャンジー)」といいますが、こちらは鶏の皮の色が黄色みがかっているので、こう呼ばれます。一羽の鶏を丸ごと蒸して、骨ごと豪快に切り分け、ショウガ入り醤油ダレでいただく、さっぱりした冷菜です。
水晶のように美しいエビ炒めの「水晶蝦仁(シュイジンシアレン)」。
新鮮なむきエビを塩や砂糖、チキンパウダーで味つけし、タマゴの黄身を付け、でんぷん粉にまぶして軽く炒めたもの。上海を代表するエビ料理といえます。
上海らしい前菜といえば、お麩の醤油甘煮の「四喜烤麸(シーシーカオフゥ)」でしょう。
「四喜」というのは、シイタケやキクラゲ、ピーナッツ、黄花菜(ゆりの花)の4つの食材を使うという意味です。柔らかく煮込んだお麩は、ハッカクやシナモン(桂皮)の香りがして、かなり甘いです。中国広しいえども、料理にこれほど砂糖を使うのは、豊かな江南地方ならではです。
甘いといえば、スペアリブの黒酢炒めである「糖醋小排(タンツーシャオパイ)」もそう。
骨付き豚を小さく切り、ショウガと炒め、たまり醤油や黒酢、砂糖、料理酒、水などを加えて汁がなくなるまで煮込みます。やわらかくジューシーなスペアリブの甘みはクセになるおいしさです。
こちらは見た目が似ていますが、「熏鱼(シュンユィ)」という揚げ魚の甘露煮。
燻製した魚を揚げて、甘辛いタレに漬け込んだ料理です。上海でよく使われる鎮江香醋(ジャンゴンヒョンチョウ)という黒酢が隠し味です。
上海人の好物なのが、高菜の春雨炒め「咸菜粉皮(シエンツァイフェンピー)」です。
高菜と春雨に砂糖や醤油を加えて炒めた料理で、みじん切りした豚肉を加えます。上海の春雨は日本のものとは違い、太くてプルプル、モチモチして弾力があり、口の中でいつまでも踊っています。ほのかな甘さが残ります。
タウナギの上海風炒め「響油膳絲(シアンヨウシャンスー)」も上海らしい一品です。
細切りしたタウナギを醤油や砂糖、ニンニク、ショウガ、酢、オイスターソースなどで味つけし、炒めた料理です。プルンとしたタウナギの甘くてとろける食感が新鮮です。
これも上海らしい味です。「蔬菜肉絲年糕(シューツァイロウスーニェンガオ)」は豚肉と野菜の餅炒め。
中国語で「年糕(ニェンガオ)」というお餅を一口サイズにスライスして、豚肉や野菜と一緒に醤油で炒めたもの。上海ではナズナと一緒に炒めることが多いです。
上海風の各種海鮮スープも楽しみのひとつです。
高菜とイシモチのスープ「咸菜大湯黄魚(シエンツァイダータンホワンユィ)」は、黄海に面した寧波を代表する伝統的なスープ料理。
切り込みを入れたイシモチに油を入れた鍋で火を通し、ショウガや湯を加えて蒸します。最後に刻んだ高菜を加え、コショウや塩などで味つけします。ダシがしみ出た香りのいいスープは意外に濃厚ですが、塩気はほどよく抑えられているので、飲み干したくなります。魚の身もたっぷり食べられます。
揚州風の「蟹肉獅子頭(シエロウシーズトウ)」はほのかな味わいです。
ネギやショウガに、上海蟹の身などを練りこんだ挽き肉の大ぶりな団子入りのスープです。
最後に紹介したいのは、江南地方の宴会料理として有名な桂魚の揚げ甘酢あんかけ「松鼠桂魚(ソンシューグイユィ)」です。
中国の淡水魚である桂魚を見事な包丁さばきで切り、高温の油を何度もかけながら、少しずつ時間をかけて揚げたあと、甘酢あんをかけたもの。魚の身が広がる姿が松鼠(リス)のように見えるとのことからこの名が付きました。日本ではイシモチやスズキで代用されます。
さて、この店では上海の素朴な小吃もいろいろあります。
これは上海風汁入りワンタンの「餛飩(フントゥン)」。細かく刻んだ豚肉や野菜などを混ぜたあんを小麦粉の皮で包み、上海風は大ぶりなのが特徴です。
上海や江蘇省で食べられるシンプルなまぜ麺の「葱油拌麺(ツォンヨウバンミエン)」です。鍋に油を入れ、ネギやショウガ、塩などと加熱し、焦がし油をつくり、茹でた細麺に焦がし油をかけて食べます。
上海風の揚げ臭豆腐の「干煎臭豆腐(ガンジェンチョウドウフ)」もあります。アツアツが美味しいです。
「肉粽(ロウソン)」はチマキのことで、もち米とお肉のみのシンプルなチマキがいちばん人気だそうですが、「咸蛋黄肉粽(シェンジータンホワロウソン)」という塩漬けタマゴ入りもあるそうです。
この店の魅力は、上海風ダイコンコロッケの「油燉子(ヨウドゥンズ)」や牛肉入り焼きまんじゅうの「牛肉煎包(ニゥロウジエンバオ)」、もち米入りの上海焼売など、昔ながらの上海風ファーストフード(小吃)をつくっているところです。これらは友誼食府で販売されていますが、こうした素朴でディープな味わいを日本で楽しめるなんてちょっと信じられない気がします。
2014年に池袋にこの店をオープンさせた沈凱さんは1964年上海生まれ。初来日は1991年ですが、彼はもともと上海電影学院でトランペットを学んでいたそうです。この時代は、まだ日中の経済格差が大きかった頃で、彼は中国を飛び出し、日本での人生に賭けることにしたのです。日本語学校卒業後、名古屋の地元企業に勤めたものの、上海支社勤務となり、いったん帰国します。
2002年に再来日し、中野富士見町や横浜関内などで一般の日本人向けの大型中華料理店を営業します。ところが、2011年の東日本大震災に見舞われ、一時経営が難しくなったことから、心機一転。当時から池袋は在日中国人の経営する中国人向けの店が多いことと、本場の上海料理を出す店がないことから、大沪邨をオープンすることを決意します。
彼を支える愛妻の杜星萍さんは、上海生まれの元卓球選手で、中国のナショナルチームで活躍したほどの方です。普段は友誼食府にいます。
アメリカ留学していた娘さんもたまにお店を手伝うそうです。実はとても家庭的なお店なのです。
沈さんは2019年冬に友誼食府の出店募集の話を聞き、店から近いこともあり、小吃などの持ち帰り用販売ブースとして営業を始めました。「そのあとすぐにコロナ禍になったので、店は客が減り、大変でしたが、友誼食府のおかげで売上をつくれたので、結果的に出店して良かったです」と話していました。
なるほど、コロナ禍で多くの飲食店が窮地に陥りましたが、持ち帰り用、またデリバリーなど、さまざまな時代のニーズに合わせて切り盛りしてきたのですね。「ガチ中華」のブームも追い風になったことと思います。
これからも本場の上海料理を楽しみにしています。
撮影:佐藤憲一
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
大沪邨
豊島区西池袋1-37-15
西形ビル3F
03-6907-0767