中華料理のイメージを聞かれたら、皆さんは「辛い」「脂っこい」「味が濃い」という言葉が浮かんでくるのではないでしょうか。ならば、「ガチ中華」は激辛料理? それともゲテモノ料理ということなのか。
中国には方言がたくさんあるように、実は料理の種類も沢山あるのです。
中国料理は大きく分けると、「八大菜系」と呼ばれるカテゴリーがあります。魯菜(北京、東北、西安、山東料理など)、川菜(四川、雲南料理)、蘇菜(蘇州、無錫、淮揚、上海料理など)、粤菜(広東料理)、閩菜(福建料理)、浙菜(杭州、寧波、紹興料理など)、湘菜(湖南料理)、徽菜(安徽料理)となります。
私の生まれ故郷は水の都の蘇州です。父方と母方の祖父母とも紹興生まれで、私も当然その血を引いています。蘇菜(蘇州料理)は濃厚さの中に淡白さがあり、甘みのある塩味が特徴です。
浙菜(淅江料理)は香り高く、さっぱりしていて旨味があるのが特徴です。蘇菜と浙菜、両者とも素材自身のおいしさを重視する料理です。その中で育ってきた私は、辛い物が大の苦手です。
そんな私が見つけたのは、「辛くない」「胃に優しい」「おいしい」お店です。それは鶯谷にある「美叙飯店」。
ご縁があって、数年前から私が所属している日本寧波商会の会合で初めて出会った“舟山料理”のお店です。
舟山は浙江省寧波市に隣接、長江口の杭州湾外縁に位置し、造船と漁業が盛んな町です。漁獲量が浙江省の半分を占めているため、“漁都”とも呼ばれています。
舟山料理は新鮮な魚など海産物を使用し、素材の本来の味を保ち、シンプルな料理法で旨味を出すのが特徴です。
「美叙飯店」でいただいた昨年の忘年会の料理をいくつかご紹介させて頂きます。
美叙飯店は、JR鶯谷駅北口から徒歩2分、言問通り沿いにあります。一見、どこにでもありそうな町中華風の外観ですが、そこで食べられる裏メニューは、まさにガチ中華。ちなみに、2階は団体席です。
焼き麩ときくらげ、ピーナッツ、シイタケ等の甘辛煮、前菜の代表格で、“南方人”の会食する時には欠かせない一品です。主役の麩は柔らかく、それでいて弾力があり、煮汁がたっぷり充満していて、自然とまた箸を伸ばしたくなります。
渡り蟹の塩つけ。生きた渡り蟹をきれいに下処理をし、塩水で12時間つけ、黒酢を付けてから食べます。このゼリー状の蟹肉が東京で食べられるのは贅沢です。蟹の新鮮さで味が決まります(紹興酒、白酒と塩などで漬ける酔蟹も注文できますが、小ぶりの蟹に向いてるそうです)。
こちらは何回もご主人の奥さんに確認をしたのですが、本当に塩水で茹でただけだそう。あの甘みと旨味が塩水で引き出せるのは、きっと新鮮な海老を茹でる時の湯温と塩度が重要なんだろうと思います。
干したハモの蒸し料理。ジャーキーのように硬くはなく、味は凝縮されてます。こちらはオーナーさんの自家用のハモを特別に提供してくれました。話によると、11月または12月に、まず天気予報で北風が吹くのを確認してから塩水で一晩漬け、日差しを避け、北風の中で48時間干します。太陽にあたると脂が抜けて、味が落ちるらしい。あのおいしさはこんな努力をしないとできないのか、納得です。
揚げた魚の甘露煮。こちらのお店ではサワラを使用しています。作り方まで伝授してくれました。下処理済みのサワラをまず冷凍をし、硬くなってから取り出し、この状態でカットすると原型のままで、形がいい。
次は短時間で醤油に漬け、油がはねない程度に乾かしてから揚げ、一晩特製タレ(砂糖と黒酢など)の中で寝かせれば出来上がり。これがあれば、紹興酒が進みます。ちなみに、蘇州ではソウギョという川魚を使います。
私の大好きな太刀魚の素揚げ。自分の中では、こちらのお店のが一番おいしいです。塩と胡椒だけのシンプルな味付けですが、短時間で揚げたせいか、魚の肉が柔らかくて、ほくほく、独り占めしたい一皿です。12月の太刀魚が脂が乗ってて、一番おいしいのよって、教えてくれました。魚臭くないのも、使ってるものの鮮度が物を言うということですね。
マコモダケと肉の炒め。中国にいた頃は、旬になると毎日食卓に現れる野菜です。マコモダケ自体は淡白なもので、あまり味がしないのですが、肉との相性がよく、醤油を少し垂らすともう言うことなし!
蘇州にいた頃食べたマコモダケとタマゴ炒め、マコモダケと川海老炒めもおいしかったなあ。
白菜と太刀魚のあんかけスープ。太刀魚のスープ? こんなスープ初めてです。食わず嫌いな私は、恐る恐るまず一口。生姜が利いてて、口当たり悪くない。少し黒酢を垂らして、また一口。行ける! 骨が無ければ、一気に飲み込みたいスープです。奥さんからお聞きしたのですが、このスープこそ、冬の舟山の食卓によく出るもので、大根も入れたりもするそうです。体の芯まで温まるスープです。
今回のデザート。初めてです。湯葉で一口大の八宝飯を包み、揚げたもの。ちなみに、中身が挽肉だと“炸响铃”という料理名になります。
オーナーと料理長は従兄弟同士です。オーナーの戴さんは30 年前来日。中国のレストランで勤め、料理の腕がいいと評判で、日本のレストランに招かれました。来日十数年後に、独立し、2008年7月1日に念願のお店「美叙飯店」を鶯谷にて開業しました。
おいしくて、リーズナブルをモットーに、店を“お客様の台所に”はオーナーの口癖です。鶯谷の「周富徳」といわれてます(笑)。料理長は10代から中国地元で修業し、腕を磨き2011年に来日しました。
「美叙飯店」はいつの間にか、日本にいる浙江省の人たちの集まる場所になり、故郷が恋しくなると懐かしのメニューをオーナーに頼んだことで、裏メニューができました。
2018年4月、渋谷に姉妹店「嘉楽料理館」をオープン。こちらのお店は奥さんとイケメンコックの従兄弟さんが切り盛りしています。渋谷駅南改札の西口方面を出て徒歩5分という好立地にあります。
両店とも裏メニューの注文はできますが、事前予約が必要です。友人などとの会食に、裏メニューが何品か出せたら、カッコいいと思います。
そんな沢山の裏メニューの中から、貴方の口に合うdeepな一品と出会えるように~
店舗情報
美叙飯店
台東区根岸1-5-13
03-3872-6270
嘉楽料理館
渋谷区桜丘町25-1 B1F
03-6875-8981
Writer
記事を書いてくれた人
和田 茜
代表からひとこと
「ガチ中華」といえば、麻辣味や羊料理ばかりだと思われがちですが、もちろんそうではありません。長江下流域の江蘇省や浙江省から福建省、広東省などの南方では、刺激的な香辛料は使わず、素材の味を生かした料理が多いです。
ところが、日本ではこれら南方から来た料理人の多くは、表向き、自分の故郷の料理を出すことが少ないようです。四川系や東北系の濃い味つけの店に比べると、インパクトが感じられないぶん、若者受けしないからかもしれません。
今回寄稿してくださったのは、このFacebookグループによく投稿してくださる和田茜さん(蘇州出身)ですが、彼女に教えていただいたのが、渋谷駅に近い「嘉楽料理館」です。
嘉楽料理館のオーナーは美叙飯店のご主人の奥さんで、史明児さんといいます。
嘉楽料理館では、表向きのメニューにはない数々の裏メニューを堪能しました(事前予約が必要です)。
そのとき、いただいた料理を紹介しましょう。一部和田さんの美叙飯店の料理とかぶりますが、そうでないものから。
いわゆる干豆腐と野菜の和え物で、中国中どこでもありますが、やはり長江下流域の味がぼくもいちばん好きです。
サヤエンドウと雪菜炒め。
これは美叙飯店にも出てきた太刀魚の唐揚げ。新鮮な魚が手に入ったときだけつくるそうです。
きんもくせいの花びら入りの湯圓です。この花びらは史さんのお母さんが届けてくれたものだそうです。
これも美叙飯店に出てきましたが、こういう沿海地方の海鮮料理と一緒に紹興酒を飲むのがぼくは好きです。
実は、渋谷駅に近い嘉楽料理館の前をこれまで何度も通ったことがあるのですが、まさか日本でも珍しい舟山料理が食べられる店だとは思ってもいませんでした。見るからに日本人向けの中華の店にしか見えなかったからです。
こうなってくると、裏メニューこそ、「ガチ中華」の本流といえるかもしれません。それを味わうには、その店のオーナーがどこの出身で、その地方ではどのような料理が食べられるか、事前調査も必要ですね。でも、それは楽しさ倍増の体験だと思います。ぜひ試してみてください。