武蔵野線沿線での仕事帰り、噂のディープチャイナ5大エリアのひとつ、西川口に立ち寄ることにしました。
すでに日は暮れていて、平日だったせいか、町は思ったより静かでした。
「中華料理をはじめ中国好きのための西川口チャイナタウンガイド」という地元サイトによると、西川口界隈には60店舗を超える、中国系のみなさんが営むディープ中華があるようです。
西口を出て、駅を背にまず右手に向かって歩くと、すぐに中華火鍋屋が2軒並んでいたり、路地の奥まで進むと、店の外観が丸ごとメニューみたいに、たくさんの料理の写真が外観に並ぶ「鑫農村鉄鍋炖(シンノウソンテッカトン)」という店がありました。
ここは東北料理店で、「鉄鍋炖(ティエグオドゥン)」という煮込み料理が名物だそうです。生ビール190円とは安い。串焼きや鍋の種類がたくさんありそうです。そういえば、近くに同じ鉄鍋炖の名が付いた「盛興順鉄鍋炖(セイキョウジュンテツナベトン)」という店もありました。
駅を背にした左側のエリアに行くと、道沿いが中華だらけの通りがありました。
この通りに面した「Smile」という手づくりケーキの店は、エッグタルトや中国のコンビニでよく見かける「ノリデンブパン(肉鬆小貝)」(日本では「もちつつみポークフロスケーキ」というそうです)と呼ばれる中国スイーツを売っています。
一本別の路地に入ると、「異味香(イーウイシャン)」という山東料理の店がありました。
その向かいの店の看板には、ザリガニやカエル鍋の店「安老爺炭火蛙鍋(アンロウイエスミビカエルナベ)」もあります。池袋にもこのような店はありますが、さすが西川口はディープさでは負けていないですね。
その隣に「好又鮮酒楼(こうゆうせんしゅろう)」という福建料理の店があったので、入ることにしました。
福建料理は海鮮が有名ですが、時価のものが多かったので、福建らしいローカル料理を選ぶことにしました。そのひとつがこれ、「光餅(グォンミャン)」と呼ばれる福建風バーガーです。ゴワゴワしたゴマ付きバンズに甘い煮豚などの具がはさまれています。
そして、福建といえばスープの種類が多いということで、最もスタンダードな五目スープの「雑烩湯(ザーホイタン)」をいただきました。
ここで軽くすませたかったのは、本命が別にあったからです。それは、先ほど何軒か見かけた鉄鍋炖でした。
ぼくは中国東北地方に何度も取材に行っているので、鉄鍋炖を現地で食べたことはあります。でも、まさか日本で食べられる店があるとは知らず、驚きました。
西川口に数ある鉄鍋炖の店で人気なのが「滕記鉄鍋炖(とうきてつなべどん)」です。
店は地下にあります。階段を降りると、入店口はこんな感じ。まさにディープチャイナの入口という雰囲気です。
店内は中国東北地方の農村の家屋を模したレトロな内装で、赤や緑の派手なのれんが吊り下げられています。そして、各テーブルに巨大な鍋が埋め込まれているのが目に入りました。
中国東北料理の「東北」とは、遼寧省、吉林省、黒龍江省の3省を指します。東北料理は、中国を代表する四大料理や八大料理には入らず、どちらかといえば田舎料理扱いなのですが、寒冷な気や風土に根差した独自の味覚も生んでいます。
もともと主要民族の漢族ではなく、清朝を興した満州族やモンゴル族、朝鮮族などが暮らしていた土地で、中国料理とは異なる食文化もみられます。
代表的な料理は、火鍋や煮込みで、濃い味つけが多いです。寒い気候ゆえに塩気も全体に強め。野趣あふれ、体の温まる料理が豊富です。
羊肉もよく食べます。なので、まず「羊肉串(ヤンロウツァン)」を注文しました。
ナスやジャガイモ、ピーマンなどの季節の野菜3種をいったん素揚げし、醤油煮しただけの「地三鮮(ディサンシエン)」は、東北料理らしい素朴で滋味あふれる一品で、ご飯に合います。
さて、これがこの店の名物鍋料理の鉄鍋炖です。
東北地方の農村では、薪を焚べた厨房の大鍋に骨付きの鶏や豚肉、羊肉、魚、インゲンやジャガイモ、キノコ、トウモロコシなどを入れた煮込みを家庭料理として食べていました。
この店では骨付き豚肉やホルモンに酸菜(発酵白菜)入りという最も東北地方らしいメニューが人気です。ほかにも、鶏肉とキノコ入り、白身魚入り、鴨肉入りなど種類がいろいろあります。味つけも、東北風の甘辛いものから、香辣(シャンラー)というシャープな辛さのものもあり、選べます。
注文してしばらくすると、女性スタッフが大きな鍋に入れた食材を運んできて、目の前でグツグツと煮込み始めます。だいぶ煮え立ってきたら、ふたを開けて、鍋のへりに黄色いトウモロコシの餅を貼りつけます。
ふたを閉じてもう少し煮込むと、餅に煮汁が染みておいしいのだそうです。
この店では、東北地方で広く飲まれているハルビンビールを出してくれます。最近、都内でも飲める店がいくつかあります。
鉄鍋炖は大鍋が基本なので、最低でも4人くらいでないと食べきれないかもしれません。値段も5000円前後ですから、事前に人を集めて行った方がよさそうです。
その日、最初は客が少なかったのですが、だんだん増えてきました。隣の席にいたご夫婦は池袋に住む上海人で、「この店の鉄鍋炖がおいしいと評判なので、何度も来ている」と話していました。
とはいえ、客のほとんどは近所に住む東北出身の人たちのようでした。
西川口駅前にディープ中華が多く出店しているのは、川口市に中国系住民が多く住む公団住宅があるからです。
住民は都内に通勤・通学している人も多いですが、居住者が多ければ商売が成り立つということから、中国の人たちがこぞって西川口駅前に店を出すようになったのでした。
実を言えば、都内のディープ中華で、その過半数を占めるのが中国東北地方出身の人たちが切り盛りする店です。次に多いのが、福建出身の人たち。そのため、西川口には、東北料理や福建料理の店が多いのです。
これらの店では、都心に比べ、地元相手ののんびりした雰囲気が味わえるところが魅力です。都心からそんなに離れているわけではないので、訪ねてみてはいかがでしょう。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
好又鮮酒楼
埼玉県川口市西川口1-22-11
鵜沢ビル
048-452-8482
滕記鉄鍋炖
埼玉県川口市西川口1-24-2 B1
048-258-8888