今回の寄稿は、筑波大学大学院に在籍している王振一さんという留学生が書いてくれたものです。王さんは修論のテーマに「ガチ中華」を選んだそうです。その理由やみなさんにお聞きしたいことなどをお伝えします。
私が日本にある中国料理を注目したきっかけ
私が日本の中国料理に関心を持ったのは、2019年に東京に旅行に来た時です。「海底撈火鍋」を訪ねたら、料理の食材、味付け、また店内の飾りが中国本土のお店と一緒でした。同年の12月、池袋の「友誼食府」や「友誼商店」の写真をネットで見たのですが、異国社会での完成度が高い中国料理の存在に驚きました。
観光客としての私にとって、東京で自国料理に近い味を食べられるのは想像出来ませんでした。調べてみると、日本社会にある本格的な中国料理は近年「ガチ中華」と呼ばれていて、日本の人に馴染みのある横浜中華街や「町中華」と異なるというのです。
そこで、私は東京に出現した中国の大衆食堂のようでもある「ガチ中華」の世界に着目し始めました。そのような完成度の高い料理がどのように日本社会に現われ、誰に食べられ、どのように受け入れられたのか、一連の疑問を持ちながら、2020年から現在まで、SNS、ウェブ記事を読みながら、インターネット調査を行いました。
コロナの時期に話題になった「ガチ中華」
2020年コロナの流行で外食産業にかつてないほどの衝撃が与えられた一方で、池袋、上野を中心に「焼き魚」、「カエル鍋」、「雲南料理」などの新しい店が現れました。更に、2021年以降、日本のテレビ番組や雑誌に登場するようになったことで、在日中国人の間だけではなく、日本社会、日本人の食事客の関心も引いているのではないかと、私は考えていました。
そのような考えを検証するために、私は2021年からこのような料理店を訪れ、店内で見える、聞こえることを取材し、参与観察を行ってきました。例えば、店員の顧客に対する話し方、店に来る客の特徴、レストランという公共の場所で語られる内容などを観察しました。
以上のような調査からわかるのは、店内で注目に値する大きな変化は、日本人の顧客がかなり(3割-5割)増えたことです。以前は、ほぼ中国しかいない食事空間でしたが、現在、日本の大学生、家族同士、友達同士が来店するようになっていることがわかりました。
本来このような料理は極少数の人しか楽しめないはずだと考えていましたが、実際に、「ガチ中華」に訪れて、料理を楽しんで、料理のことを語る日本人の食事客が少なくないという興味深い事象を捉えました。
そこで、私は日本人の食事客たちの興味関心に焦点を当てるため、彼らの考え、経験、嗜好などについてインタビューを行い、日本社会の側から、改めて「ガチ中華」というものを捉えていきたいと考えています。
現在まで調査にご協力をいただいた10人の日本人食事客から、「ガチ中華」に関わる経験や多様な価値観を聞き取りました。私はその内容をまとめて、簡単に紹介したいと思います。
「懐かしい」情緒を感じる人たち
中国広東省に1年間の留学経験がある20代の方に「なぜガチ中華に訪れるのか、普段は誰と一緒に行くのか」という質問に対し、彼(彼女)は、「留学から帰ってきて、本当に中国料理が恋しくて、結構友達と行ったりしていました。お店の味は中国と全く一緒で、雰囲気も完全に日本じゃないし、中国人の友達にとって馴染みのある料理ですし、懐かしい」と言いました。
中国の留学経験を持っている日本人にとって、「ガチ中華」は単に食事場所ではなく、友人と一緒を食事しながら、雑談できる「空間」になっています。
また、中国浙江省に留学経験がある20代の方は、帰国してから、「ガチ中華みたいな店が日本でも出来て本当に良かった」と思っています。一般の日本人の口に合わない料理かもしれませんが、彼の口には合っているそうです。なぜなら、「やっぱり中国にいた時に好きになったから…。好みが変わったんですね」と言いました。
「ガチ中華」で繋がっているグルメたち
現地調査の際に、「ガチ中華」を食べるだけではなく、以前から中国料理を自宅でつくるのが好きな30代の方々とも知り合いました。
中国経験がない彼らは、「なぜガチ中華に行くのか。なぜガチ中華が気に入ったのか」という質問に対して、「元々料理を作るのが好きで、特に外国の料理を作ることが好きです。中国料理の作り方をYouTubeやサイトをよく調べます。新しい料理を試したい時には、ガチ中華を取材しいきます」と言いました。また、コロナの期間でも、彼らは、同じく食事に関する趣味を持っている人たちとお店で会ったり、自分が作った料理をSNSに載せて、共通の趣味を持つ人たちと繋がっているようです。
彼らは、料理に関する熱情を持って、料理を「作る」、「味わう」、「考える」、「語る」ことを自分の趣味として扱っています。ちょうどコロナの時期に、もともとそういった趣味を持つ人が「ガチ中華」に注目し、そこから生まれたコミュニケーション空間を利用しています。
「海外旅行」を体験したい人たち
また、コロナ禍があって、海外に行けなかった人は、旅行の気分を求めて、「ガチ中華」を食べにいきました。私の調査にご協力いただいた20代や30代の彼らが、横浜中華街ではなく、池袋や上野などの「ガチ中華」に訪れる理由は、大きくまとめると、以下の2つの理由です。
- 中国の人たちがいるからこそ、異国社会の体験ができること
- 料理自体にある「珍しさ」、「地理的特殊性」
コロナの期間に、外食活動が制限されましたが、その中でも、珍しいものを食べたいという欲求を持っている人々がいました。東京で楽しめる「ガチ中華」は、「外国食」、「エスニック」といった要素に結びつけることで、観光、食に関わる趣味を持っている食事客の注目を集めてきました。
「ガチ中華」学生ミーティング
「ガチ中華」に興味を持って、その世界に共感している方がたくさんいらっしゃると思います。
そこで、「ガチ中華」に同じく関心を持っている皆さんと一緒に交流できるミーティングを計画しています。多くの方にお会いして、自分の関心について共有したいと考えています。皆さんのご意見、ご経験などいろいろ教えていただけると幸いです。
また、来てくださる皆さんには、以下のようなことお聞きしたく思っています。気軽にお話できれば嬉しいです。
- あなたが「ガチ中華」に関わってきたきっかけ、経験は何ですか。
- なぜ、誰と一緒に「ガチ中華」に訪れますか。
- 「ガチ中華」の中にある、どんなこと、どんな価値を求めていますか。
「ガチ中華」に興味を持っている皆さんとお話することを楽しみにしています。
(王振一)
「ガチ中華」学生ミーティング
日時 | 2023年8月19日(土)14時~17時 |
会場 | hiraku 01「social design library」 |
住所 | 豊島区上池袋2-2-15 |
電話 | 03-3916-1254 |
アクセス | JR池袋駅から徒歩10分 |
会場詳細 | https://www.hiraku.community/ |
Writer
記事を書いてくれた人
王 振一
代表のひとこと
王さんと初めて会ったのは、確か昨年の羊フェスタのときでしたね。以来、ときどき連絡を取り合っていますが、王さんが自分の修論のテーマに「ガチ中華」を選んだことをとても興味深く思っていました。
ヒアリングの対象者として、池袋で何時間もお話ししたのは懐かしいです。
王さんは留学前の日本旅行中、「海底楼火鍋」を訪ねて、中国とまったく同じようなオペレーションや料理が提供されていたことを驚いたそうですが、確かに中国の人からみると、自国の外食チェーンの料理が海外で食べられているとは想像できなかったかもしれません。
実はぼくは2000年代に中国に進出する日本の外食チェーンの取材をしたことがあります。ココイチやサイゼリヤ、吉野家といった有名チェーンが、上海では地下鉄網の拡大に合わせて出店を広げていました。そのとき、知ったのはチェーンによって差はありましたが、基本的に料理の現地化が行われていたことです。
料理の味付けというより、むしろメニューの大幅な改変が行われていたのです。具体的にいうと、中国の吉野家では日本にはないメニューがたくさんありました。丸亀製麺もそうです。
一方、ここ数年の日本でのガチ中華の出店は当初、あまり日本人を意識していないようでした。ですから、王さんにしてみれば、日本の人がガチ中華を好んで食べるということは信じられないことだったかもしれません。
しかし、実際はそうではなく、日本には多くのガチ中華ファンがいます。その理由は何なのか。王さんはそれをテーマにしているのですね。また「ガチ中華」の人たちもまったく日本人客のことを考えていないわけではなく、現地化の傾向も見られます。
もしよろしければ、みなさん王さんの研究に協力していただけませんか。中国人と日本人の相互理解のために、これほどいい題材はないのではと思います。