みなさんもよくご存知のように、日本のガチ中華は辛さや痺れ、酸味など複雑な味わいの四川料理や東北料理が主流といえます。でも、中国は広く、特に長江下流域の江南地方や沿海地方では、まったく味が異なる料理があります。
その筆頭は上海料理で、口当たりがよく、刺激的な調味料や香辛料はほとんど使わないため、ガチ中華に慣れていない日本人の口にはよく合います。ただし、残念なことに、店の数ではそれほど多いとはいえません。
それでも、これまでディープチャイナのライターのみなさんが都内各地で上海料理の店を発掘し、紹介してくれています。
なかにはご夫婦だけで経営する家庭的な店もあります。
実は、今回紹介する西池袋の「上海新天地」も、上海出身のご夫婦が営む家庭的な店です。
シェフの王さんは19歳のときから料理人一筋で、1995年に来日するまで上海の「四川飯店」という有名店で腕をふるっていたそうです。ですから、王さんは地元上海料理だけでなく、四川料理も得意です。
メニューを見ると、定番の上海料理だけでなく、日本ではおそらくこの店でしか食べられないようなガチなローカル料理もあるようです。さっそく紹介していきましょう。
まず前菜から。
三黄鶏(地鶏の上海タレかけ)
茹で鶏料理は中国各地にあって、たとえば広東では白切鷄(バイチエジー)、四川では白油鶏(バイヨウジー)と呼び、タレの味つけが違います。
上海では、地鶏を使った茹で鶏を「三黄鶏(サンホアジー)」と呼びますが、ポイントはほんのり口に甘い上海風のつけダレで、これは絶品です。
王さんによると、現在新天地で提供しているつけダレは、上海の雲南路にある「小紹興」という紹興料理の店で学んだそうです。この店に行ったら、ぜひ注文してください。
香菜干絲(干豆腐の香菜和え)
これも中国各地にある料理ですが、さっぱりとした口当たりが上海風の特徴です。他の地域のように、辛かったり、痺れたり、酸味が利いていたりはしません。
次は肉料理です。
東坡肉(特製豚角煮)
これは浙江省杭州の名物である豚の角煮で、「トンポーロー」といいます。ご存知の方も多いかもしれませんが、「東坡(とうは)」は宋代の政治家で詩人の蘇軾(そしょく 字が東坡)のことで、彼が考案した角煮だと言われています。砂糖をたっぷり使った味で、中国一豊かといわれる江南地方ゆえのぜいたくな料理といえるでしょう。
食べるときに、奥さんの劉さんがこうやってハサミで切り分けてくれました。確かに包丁で切り分けるより、このほうが切りやすいですね。
黒椒牛肉(牛肉の黒胡椒炒め)
これは四川料理です。でも黒胡椒の味つけなので、そこまで辛くはありません。肉の柔らかさがたまりません。
上海料理のメインはやはり海鮮です。
海鮮魚麺筋(特製鮮魚入りお麩と海鮮炒め)
劉さんにすすめられたのがこれです。お麩に包まれた白身魚のつみれと海鮮、野菜に優しい餡がかかっています。薄めの塩味で、普段食べるガチ中華とは一味も二味も違います。
江南塞螃蟹(白身魚と卵白の黒酢炒め)
そして、極めつけがこれ。白身魚とカニに見立てた卵白のハーモニーは黒酢によってなお深まります。こんな上海料理、初めてです。
魚頭尾湯(鮮魚頭尾上海風スープ)
上海では魚のスープが美味しいです。いったん焼いた魚の頭や尾がスープにぶち込まれていますが、他の地方では味わえないものです。このスープとごはんだけで食事になります。
友人を連れて何度か店に通ったところ、王さんはサービスとして以下の2品を出してくれました。
ヘチマとトマト炒め
旬の野菜を使った炒め物です。ヘチマとトマトの組み合わせは斬新ですね。
手づくり焼き餃子
一般に上海ではワンタンを食べますから、メニューにはナズナ入りのスープワンタンや焼きワンタンもあります。偶然、息子さんが店を手伝っていて、空いたテーブルを使って餃子を包んでいました。毎日ではないと思いますが、親の仕事を手伝ういい息子さんです。こういう光景が見られるのはガチ中華ならではです。
最後にシメですが、この店の名物はこれ。
咸肉菜飯(塩肉野菜の混ぜご飯)
上海風の混ぜご飯で、塩味の利いた豚肉のハムと刻まれた野菜の相性が抜群です。バクバク食べてしまうほど食欲が出ます。
厨房を覗かせてもらいました。
薺菜炒年糕(ナズナと細切り豚肉入り上海もち炒め)
ひと口サイズでやわらかい丸餅をナズナや豚肉などと炒めただけのものですが、好物です。日本では餅をこういう風に食べませんよね。こういうのもアリなんだと教えてくれます。
上海料理は、見た目に派手さはそんなにないかもしれませんが、全体に口当たりがよく、刺激は少なく、甘い味つけばかりではありませんが、上品このうえない世界です。油の使い方も控えめだと思います。
王さんによると、ほかにもいくつかおすすめ料理があるそうなので、以下、書き出します。
- 海鮮麻婆おこげ
- 油淋鷄(ユーリンチ 鶏の香り揚げ)
- 上海風エビマヨ(金沙蝦仁)
- 岩のりチャーハン
どれも和風化した中華のようではありますが、町中華とはまったく別物の味わいです。
また上海チマキも絶品です。
ランチも一見、町中華風ですが、よくみると、咸肉菜飯や上海焼きそばなど、定番の上海料理もあります。「ガチ中華はまずランチから」。そういうアプローチがいいかもしれません。
店内には神棚が飾ってありました。これは、横浜中華街の老舗店でしか見られないディープな光景だと思います。他のガチ中華の店では少ないですね。
最後に王建梁さんの略歴を簡単に紹介します。
さきほど述べたように、王さんは1995年来日。相模原の「留苑」で調理人を始めたのを皮切りに、その後池袋の「東方会館」、下北沢の「春華秋冬」などで、基本は日本人の口に合わせた和風中華を提供していました。
2008年に独立し、中野坂上の「留苑」(相模原時代の店と同名にしたそう)をオープン。その後、自分の得意なガチな上海料理や四川料理を提供する店を出そうと考え、池袋に2016年に「新天地」をオープンさせました。
2016年というと、ガチ中華ブームが始まるより少し早い時期でしたが、上海をはじめとした江南地方出身の中国の人たちが集まる店になったそうです。彼らも故郷の味を求めていたのです。その後、池袋は「ガチ中華の聖地」になっていきます。
池袋はギラギラ系をはじめとした最新ガチ中華の店が多いなか、「新天地」は昔ながらの上海料理の味と雰囲気を楽しめる店です。
ぜひ王さんと劉さんご夫婦の家庭的な店を訪ねてみてください。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
上海新天地
豊島区西池袋1-34-3
矢島ビル参番館 2F
03-5904-8585
営業時間
11:00~15:00、17:30~23:00(L.O22:30)