【はじめに】
東京ディープチャイナ研究会の林です。入道雲の映える青空に、今日も蝉が鳴いてます。
今回紹介するのは、今年2月にオープンした「賢合庄(けんごうしょう)」という四川火鍋店です。JR高田馬場駅早稲田口から徒歩30秒ほどの好ロケーション。アクセスが抜群に良いですね。
賢合庄が提唱する“市井火鍋”という言葉をご存知でしょうか。火鍋のスタイルのひとつですが、こだわりの火鍋はもちろん、数々の小皿料理や、夏にぴったりなひんやりデザートなども楽しめます。時刻は午後5時すぎ。おなかが空きました。詳しくは後ほど説明しますので、早速、参りましょう。
【店内の第一印象】
どこかノスタルジックな雰囲気の漂う店内。親しみやすく、落ち着いた印象です。テーブルは格子模様で、将棋の盤面を想像させます。
公園や道端の机に刻まれた盤面に集い、木陰で囲碁将棋をする老人という光景は、中国の下町でよく見られます。もしかすると、それがテーマのひとつかもしれませんね。店内は隅々まで清潔で、流行のCポップ(中華ポップ)がかかっています。感染対策としてアルコール消毒のほか、マスクケースが配られます。
【注文】
注文はタブレット方式。四川火鍋のスープには、特製麻辣スープ〈紅鍋〉・トマト味の〈西紅柿鍋〉、白くまろやかな〈薬膳鍋〉などから選べます。
今回は紅鍋と西紅柿鍋のふたつにしました。スープは辛さも選べます。ちょい辛・小辛・中辛・激辛とありますが、店員さんいわく「本場の辛さに合わせてあるので、小辛や中辛を注文して後悔する方が多い」そう。ここはおすすめどおり、ちょい辛にします。
【鍋の形】
主役である火鍋が運ばれてきました。
ところで、皆さんはお気づきでしょうか。こちらの鍋は◎(二重円)の形であり、円の内側と外側でスープを分けているのです。ふつう、火鍋に使われる鍋というのは、陰陽図のように鍋全体を波線で仕切る鴛鴦鍋が多いようです。
こうすることで、ひとえに、見栄えがいいというメリットがあるばかりではなく、どの方向からも等しくスープに箸が届きます。たしかに、大きなテーブルを囲んだとき、鴛鴦鍋の反対側のスープにはなかなか手が届かず、席を立って食べ物をよそった経験があります。
【こだわりの四川火鍋とトレードマーク】
さて、鍋には数種類の唐辛子に、ニンニクやナツメ、ししとう、牛ハチノスなどが入っているのですが、なぜか純白の“手”が見えます。
なんとこれはラード(牛脂)で、かたちはこの店のプロデュースに携わった、中国の人気俳優の陳赫(チェン・ホー)さんが考案した賢合庄のトレードマークだそうです。つい真似したくなりますね。店内のいたるところにこのマークは潜んでいました。探してみては。
内側の西紅柿鍋(トマトスープ)は朱色で、すでに美味しそうな香りがします。外側は紅鍋(特製麻辣スープ)。目の前で、なんと“菊花茶”が注がれ、加熱されていきます。そうなのです。火鍋のスープにはお茶が使われていたのです。
【火鍋のスープ】
注文した料理が揃い、ぐつぐつと煮え立つスープが食欲をそそります。火鍋を囲むにあたって、席の中心は鍋。そして、スープは鍋の命です。
最初のひと口は、中央にある朱色のトマトスープから。レンゲですくってひと口、甘酸っぱい香りが鼻を抜けます。フルーティなトマトの酸味は微かに、椰子の実のようなやさしい甘さが、じんわり口いっぱいに広がっていきました。
控えめな辛さが、あとからやってきます。味のイメージとしては、カップヌードルのシンガポールラクサにすこし似ていると感じますが、具材のダシが合わさって、より芳醇な風味です。大抵の火鍋専門店には、麻辣と薬膳スープの2種類こそ大体置いてありますが、トマトスープは珍しい存在ですね。
次は特製麻辣スープ。表面、真っ赤な油に浮かぶ唐辛子に目を奪われます。それらをかき分けるように、沸騰したスープが昇ってきては、油との境目をゆらゆらと揺らします。さながら、金魚の尾ひれのようですね。油に表面を覆われている分、舌先は熱く感じました。
厨房からではなくその場で、素材に菊花茶が注がれ、スープが作られていたので、なんとなくですが、辛さが新鮮な気がします。ダシがよく効いており、本格的な辛さです。注文のとき、ちょい辛を選んで正解でしたね。
店員さんによると、もちろん、辛さはさらにマイルドにもできるようで、また反対に、追加料金でどんどん辛くすることも可能とのことでした。なんとも恐ろしい話です。
【注文した具材】
多彩なメニューから、どれを注文するか、しばらく迷いましたが、以下の具材を選びました。
- ラム肉
- ハチノス
- 干し豆腐
- 柔らか豚肉
- 野菜盛り合わせ
- きくらげ
- 鴨の血
- 川粉
- 豚の脳みそ
- 麺
など
ラム肉は火鍋の定番。火鍋の肉といえば、まずはラム肉といわれるほど、ラム肉と火鍋は、親密な関係にあります。この量なら、一人分としても頼めますね。
具材のなかで、とりわけ印象深いのは川粉で、こんにゃくのような見た目に反して、食感はコシのつよいトコロテンのようなものでした。また、麺もフィットチーネを思わせるもちもちな噛み応えで、トマトスープとの組み合わせが抜群。鍋の〆におすすめします。
ほかにはない食材を多く取り揃えているのも、このお店の魅力です。「鴨の血(ヤーシュエ)」や「豚の脳みそ」! といった珍味が注文できます。どちらも、辛い火鍋にはよく合いますが、脳の方は見るのも食べるのも初めてで、抵抗感はありました。淡白で、豆腐のような味わいでした。鴨の血は好物で、味こそあまりしませんが、噛んだ歯が沈み込むような食感が好きです。
【調味料台】
ところで、火鍋にはつけダレがつきものです。具材を注文したら、各自が好みのタレをつくります。
調味料台はお店の奥、厨房の手前にあり、さまざまなソースやスパイスが揃っています。ここでいつも迷ってしまいますが、観察すると、店舗ごとに“おすすめの組み合わせ”があって、面白いですね。
たとえば、“サーチャージャン”味というのがありますが、なんだか謎めいています。説明によると「南の人に合う」とありますが、サーチャージャン(沙茶醤、沙嗲醤、サテソース)は福建や広東、台湾になじみ深いソースだそうです。
元来、サテソースはインドネシアのジャワ島で親しまれていましたが、現地の華僑によって中国南部に持ち込まれ、その味も中華料理に合うものへ変化していきました。ニンニクや魚介類、香辛料、薬味、大豆油など数十種類にも及ぶ材料がブレンドされ、複雑な旨味が醸されています。これにパクチーや万能ねぎを入れるのが好きなんですよ。
【セルフサービスの料理】
調味料台の上に、なにやら珍しいものを見つけました。ザリガニです。初めて食べたのは先月の取材で、スナック菓子のような食感が特徴的な前回の取材先(周黒鴨大夫人)とは異なり、こちらは醤油ベースで煮たものでした。
席に戻って食べると、タレがしみ込んでいて身とよく合う味。知らずに殻がついたまま食べていましたが、実は、剥くのが良いそう。殻ごと食べると、タレが多く絡んでややしょっぱく感じました。けどそれもいいのです。
ほかにも、火鍋料理の箸休めとしては定番のスイカや、広東料理で見かける蜜汁排骨(ハチミツ醤油のスペアリブ)、滷味では鴨爪(鴨の手)、それに白木耳(シロキクラゲ)の冷製スープも。ちょうどいいバリエーションですね。
ちなみに白木耳は、漢方の考えでは“降火”の効果があるとされており、ニキビが出にくくなるといわれます。反対に、火鍋のような辛くて刺激的なスパイスが多く使われる料理は“上火”してしまうので、火鍋のあとに白木耳を食べるのは理想的かもしれません。
これらの料理は、うれしいことに、調味料と同じく、自由に取って良いようです。
【市井火鍋とは】
賢合庄で提供される料理は“市井火鍋”というジャンルだそうです。ここでの市井とは、“巷の、大衆文化の”といった意味で、中国各地で食される、その地域ならではの美食や日常的な料理の数々を、火鍋という食の形式に取り入れたもの。一品の量を多くせず、よりたくさんの種類が食べられるのが特徴です。
本来、当たり前のように食卓に囲まれた火鍋が、専門店の出現によって独立した食文化となり、ここで新たな要素を取り入れつつも原点回帰したもの、それが市井火鍋なのでしょう。
安いうえに、量がそれほど多くないので、小食な方や、少人数で来店しても、いろいろなものが食べられそうです。
【一品料理】
賢合庄には一品料理もいろいろあります。店員さんにすすめられたのが、以下の蒸籠に入った煮込み料理二品です。
まず「ジャガイモスライスの四川風煮込み」。細切りのものより、ジャガイモのホクホク感があり、おいしいです。辛さはそこまでありませんが、続けて食べると、だんだんとしんどくなってきました。でも、止まりません。
もう一品は「牛すじの四川風煮込み」。牛すじは中まで味が染みわたっており、驚くするほど柔らかく、しっかり煮込まれています。噛めば噛むほど旨味があふれ出してくるのがたまりません。でも、これもすこし辛い。
同店のキャッチフレーズに「辺滷辺燙(ビエンルービエンタン)」というのがあって、これらの煮込み料理(中国語で「滷味(ルーウェイ)」)はそのまま食べても十分おいしいのですが、サッと火鍋のスープに通して食べてもおいしいとのこと。ぜひ試してみてください。
【デザート】
辛い火鍋や一品料理を、平らげたあとに食べるスイーツは格別です。キンキンに冷えたシェラカップに盛られてやってきたのは、見た目も味も華々しいデザートでした。
一品目は「紅糖冰粉(ホンタンビンフェン)」。赤糖入りかき氷のことで、ディープチャイナではお馴染みの冰粉入りです。中国では、黒糖よりも、それによく似た赤糖が、広く流通しています。これをたっぷり使い、冷やしたゼリーに果物と白胡麻をふんだんにのせたものです。口先から冷たさが染みわたり、辛さや熱さで火照った舌が、癒されていくようでした。ミントの爽やかな香り。ずっと食べていたいです。
続く二品目は「冰湯圓(ビンタンユェン)」。白玉団子のデザートです。湯圓は中華食材店にもよく売られています。あちらは、団子の中に黒ゴマやピーナッツの餡が入っていますが、こちらには入っていません。
自身の体験ですが、かつて普通の湯圓を冷やして表面が固まってしまい、それを噛んで中身が飛び出てしまったことがあります。怒られましたね。おそらく普通のものは冷やして食べるのに向かないのだと思います。こちらの冰湯圓は、冷えた酸梅湯に浸かっておりました。しかもチョコレートのおまけつき。気づけば、あっという間に食べきっていました。
【最後に】
最後に、賢合庄の誕生秘話を聞いたので、お伝えします。
エレベータの扉が開いて、この店で最初に来店する人々を出迎えるのは、このポップなキャラクターです。彼こそ、中国の人気俳優、陈赫(チェン・ホー)さん。向こうでは知らない人がいないほどの存在です。福建省福州市長楽区の出身で、実は、僕と同じ地元なんです。
賢合庄は彼がプロデュースする中国の新しい火鍋チェーンで、コロナ禍という荒波のなか、海外第1号店をここ高田馬場に開業しました。メニューは日本語で、スタッフもほぼ不自由なくコミュニケーションがとれるほど、火鍋デビューしたい人にこそ、おすすめできる場所です。
オーナーの孫芳さんによると、来店するお客様の多くは中国の若い世代だそう。
ここ数年、賢合庄が中国で急速に勢力をつけてきた背景には、手軽に多くの料理を楽しめるという魅力があると思います。日本の若い世代もきっと気に入ると思います。
店舗情報
賢合庄
新宿区高田馬場4-8-7 3F
03-6908-9882
https://gdje104.gorp.jp/
Writer
記事を書いてくれた人
林 正羽
代表からのひとこと
都内にはたくさんの中華火鍋の店がありますが、賢合庄はこれまでの伝統的な店とは異なる若者向けのカジュアルなスタイルが売りです。店内の大型テレビには、陈赫さんをはじめ中国の芸能人が多数出演するプロモーションビデオが流れていました。
オーナーの孫芳さんは河南省出身の女性で、銀座の広東料理店「芳園」など、都内にさまざまなタイプのレストランを経営しています。賢合庄は進取の精神をもつ彼女がオープンさせたニューウェイブ中華を代表する店といえます。
今回、林くんはまだ中華火鍋デビューしていない人たちに向けて、火鍋とはどういう食べ物なのか。どんな手順で食べ、注文はどうするのか。メニューの中から何を選ぶのがおすすめかなど、わかりやすく説明してくれたと思います。次はどんな店を紹介してくれるのか、楽しみにしています。