池袋との出会い。
私の「ガチ中華」は池袋からスタートしました。
初めて池袋を訪れた、いまから3年前の大学受験前夜のことです。
静岡から受験に来ていた私は、明日の試験の心配よりも、せっかく来た池袋をいろいろ見てみたい!と意気込んでいました。サンシャイン通りを歩き、東西に長い駅構内を通りぬけ、池袋駅西口を出てふらふらとしていると、次第に周囲のようすに違和感を覚えはじめました。
すれ違う人のほとんどが中国語を話していて、街中から中国語が聞こえてくるのです。
周囲を見渡すと、中国語の看板・メニューをかかげる店がそこかしこにありました。
「ここは本当に日本なの?」とびっくりしながらも、ネオンと異国情緒があふれるまちにワクワクしました。
夢中になって散策するうちに、なんだか分からないけど美味しそうな匂いがする店を見つけました。
「せっかくだから食べてみよう!」と思いたち、店員さんに声をかけてメニューをもらいました。そのメニューを見て「なんだこれ、初めてみる料理ばかりだぞ・・・。」と衝撃を受けつつ、辛うじて読めた「西安バーガー(肉夹馍:ロージャーモー)」という料理を注文してみました。
店内ではお客さんも店員さんも中国語を話していて、なんだか本当に外国に来た気分になりました。
そして注文した「西安バーガー」を食べるやいなや、香りのいい小麦生地に、ホロホロ食感の肉がサンドされていてとても美味しい!と感動しました。
なんでこんなに美味しい料理を今まで知らなかったのだろう? どうしてこんなに中国語を話しているひとが多いんだろう? と疑問に思いつつ、池袋は面白いまちだな、また行きたいなと興味をもちはじめました。
最低限の大学生活。
無事試験に合格し、大学進学することができました。入学当初は観光学を学び「将来は海外で旅行関連の仕事をしたいな」と思い描いたり、サークルやクラブ活動に取り組んで、「4年間のキャンパスライフ思いっきり楽しみたいな」と期待いっぱいでした。
しかし、私は大学生活を思うようには送れませんでした。なぜなら、新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界的に社会活動を通常通りにおこなえない状況だったからです。例外なく、大学もほんとうに厳しい制限下におかれました。
2020年4月、私は入学式が行われないまま大学1年生になりました。すべての講義をオンラインで受講し、サークル・クラブなどは活動を停止しました。私たちは、キャンパスに入構することを禁じられて、図書館を利用するなど「普通に大学で勉強すること」さえできなかったです。
「最低限の大学生活」を送る毎日で友だちもできませんでした。私は「もう以前のように自由に旅行できる日は来ないんじゃないか」、「こんなの思い描いたキャンパスライフじゃない」と悩み、理想と現実のギャップに葛藤しました。この当時、「何もかもどうしたらいいのかわからない」と暗い気持ちですごしていたことを覚えています。
留学生たちと食べる「中華料理」。
少しずつ規制が緩和されるなかで、あの時初めて食べた「西安バーガー(肉夹馍:ロージャーモー)」の美味しさを思い出しました。そして、時間を見つけては、池袋で「美味しくて、食べたことのない中華料理」を発見して食べることが私の日課になりました。
撒椒小酒館池袋西口店(豊島区西池袋1-43-3 日精ビル4F)。料理は「锅包肉(グオバオロー)」など
衝撃的に美味しい中華料理を食べるうちに、その美味しさだけではなく、これまで食べ慣れていた中華料理とは食材も調理方法もまったく別ものだと気づきました。
「もっと知りたいな」と思って、大学で知り合った中国語圏出身の友だちにオススメを紹介してもらうようになりました。
友だちたちと一緒に食事をする中で「こんなお店があったのか⁉」という発見や、彼ら・彼女たちだからこそ知っている、どこのお店の何が美味しいのかという情報、「激辛」だけではないさまざまな地域の料理について故郷の思い出とともに教えてもらいました。
今まで味わったことのない食材や、調理方法、食事の提供スタイル、内装など全てが新鮮でした。中国語が飛び交う店内はまさに「日本のなかにある外国」だと感じました。私はそうした料理と空間のすべてを楽しんでいました。
友だちからのアドバイス。
大学3年目の春。私は「烤鱼(カオユー)」を食べながら、留学生の友だちに「ゼミの個人研究のテーマが見つからなくて困っているんだ」と相談していました。すると、その友だちは「あなたにとって身近なこれ(料理と店内をぐるりと指さして)を研究対象にしてみたらどう?」とアドバイスしてくれました。
それを聞いて私はたしかに面白そうだし、自分にもできそうだと思いました。そこから、「食を通じて日本の多文化社会の現在のようすをとらえること」を目的に、池袋をフィールドにいままで食べたことがなかった”ニュータイプの中華料理”についてしらべはじめました。
しかし、一つ問題がありました。
それは、”ニュータイプの中華料理”をなんと形容していいのかわからなかったのです。中華料理、本格中華などの既存の言葉たちでは、取りこぼしてしまう要素が多くてしっくりこないなと悩んでいました。
「ガチ中華」との出会い。
そんな時、悩みを解決してくれる便利な言葉に出会いました。それが「ガチ中華」です。
「ガチ中華」とは、中国語圏のひとたちが提供している料理のことで、日本人が親しんできた中華料理とは別物である(東京ディープチャイナ研究会)という定義がされています。
私は「池袋で食べてきたのは『ガチ中華』だ! これで”ニュータイプの中華料理”を過不足なく表現できるぞ」と確信しました。
また、しらべていくうちに、同じ学部の先輩たちがWEBライターとして「ガチ中華」を紹介する活動をしていることを知りました。そして、その先輩たちの紹介で、東京ディープチャイナ研究会代表の中村正人さんと出会いました。
お話をしていくうちに、私と同じように池袋駅西口の様子を見て「一体何が起きているのか?」と、しらべはじめ、東京ディープチャイナの活動にいたったとの経緯を聞きました。「私も同じこと考えてました!」という具合に意気投合をして、それかいろいろな活動を一緒にしていく仲間になりました。
私は東京ディープチャイナの活動と研究から、「ガチ中華」からわかる日本の多文化社会のようす、そして「ガチ中華」とは一体どのような存在なのかを明らかにしようとしています。
なぜ池袋なのか?
今年からやっと通常通りに大学に行けるようになりました。そして、大学のある池袋を散策することも増えました。
そこでも、私はやはり池袋は興味深いまちだと改めて気づきました。駅を境界線に東・西はそれぞれの歴史、それぞれの雰囲気があるのです。
「同じ池袋って名前がついてても、こんなに違いがあるんだな」と知れば知るほど面白いなと思っています。
特に、池袋駅の西側には思い入れがあります。
最初に書いたように、大学受験前夜、「肉夹馍(ルビ:ロージャーモー)」を食べて「このまちではいったい何が起きているのか?」と「ガチ中華」についてしらべるきっかけだからです。
池袋駅西口周辺は「ガチ中華」だけではなく「物産展(現地の食品を輸入・販売しているお店)」、「中国語のメディア」などの中国語話者を対象としたビジネスが集積しています。
このように、ひとが集まりビジネスが展開している背景には1980年代後半から来日してきたひとたちを多く受け入れてきた池袋の歴史が関係しています。そして、いまもなお中国語を話すひとたちを惹きつける求心力となっているのです。
ある留学生は「池袋西口(北)出口は、故郷への滑走路のようだと思ってる。そこを出たら、一気に懐かしい気持ちになるんだ」と語っていました。
また、私は池袋に通っているうちに地域の方々と関わる機会がありました。そこから偶然にも明らかにされていなかった新しい事実を発見しました。それは「ガチ中華」を担うひとたちと地域住民との助け合いです。「ガチ中華」を提供するお店のひとたちが、地域の美化活動に積極的に参加しているのです。タバコなどのゴミのポイ捨てに悩まされている駅周辺の清掃活動を協力して行なっていました。
私は大好きな池袋でさまざまなひとと関わりながら、「ガチ中華」の研究ができてとても幸せです。 そして、自身の体験を共有することで、池袋で「ガチ中華」を楽しむひとたちが増えるとうれしいなと思っています。
まだまだ池袋で「ガチ中華」を食べることはハードルが高いと実感しています。私の周りには「ガチ中華」に興味がありながらもなかなか一歩を踏み出せないでいるひとがかなり多いです。
例えば、繁華街だということもあり「ちょっと怖い、なんだか治安が悪そう」というイメージがあったり、言語の壁や「どんな料理があるのかがわからない」などの不安からなかなか踏み出せないようです。
そのようなひとたちが安心して「ガチ中華」を楽しむきっかけになるような、わかりやすい情報発信をこれからも続けていきたいです。
学生ミーティングの開催。
「ガチ中華」の認知度もあがり、興味をもつひとたちが多くなってきたのではないかと思います。
そこで、私と同じように学生で、「ガチ中華」に興味を持っているひとたちみんなの興味関心を共有する場を作りたいと考えています。詳細は近日発表予定です。
「ガチ中華」を食べたことがないけど興味があるひと、詳しいひとなどさまざまなひとが集まってくれることを期待しています。
(二ノ宮彩実)
Writer
記事を書いてくれた人
二ノ宮彩実
代表からひとこと
二ノ宮さんの記事を読みながら、あなたと初めて会った日のことを思い出しました。味坊の梁さんに呼ばれて、プレオープン中だった代々木上原の「蒸留味坊」を留学生仲間と一緒に訪ねたときのことです。
そのとき、二ノ宮さんがすでに「ガチ中華」を自分の興味関心の対象として明確に認識していることがよくわかりました。
二ノ宮さんが大学に入学した2020年春というちょうど同じ頃、ぼくもコロナ禍のせいで、自分がそれまで思い描いていた仕事の展望が壊滅してしまい、途方に暮れていたのです(笑)。だから、「ガチ中華」の存在を発見し、それを探求することで新しい世界に足をふみ出すことができた二ノ宮さんの姿に大いに共感したものです。
それから何度かお話していくうちに「ガチ中華」を探求する意義が少しずつ見えてきたと思います。それは、ぼくの言い方で言うと「いま日本で進行している多文化社会のリアルな実相を見える化(可視化)させること」。その恰好の題材が「ガチ中華」とそれを取り巻く世界だと思うのです。
昨年くらいから、二ノ宮さんの周囲にも「ガチ中華」に関心を持つ学生が現れてきましたね。ぜひみなさんと一緒にさらに関心を深めていければと思います。