以前、西大島にある南インド料理店「マハラニ」を紹介しましたが、ここは日本では少し珍しい「インド中華」が食べられることで知られています。
インド中華というのは、中国生まれの料理がいったん海外に伝播し、その後各国で現地化したご当地中華である「海外現地化系」のひとつ。インドで生まれたユニークな中華のことです。それが日本で食べられるのです。
海外現地化系には、インド以外にも韓国中華や東南アジアの南洋中華、北米のアメリカ中華などいろいろあります。そして、19世紀に横浜中華街から広まり、日本人の口に合うように現地化された、いわゆる町中華も海外現地化系のひとつといえるでしょう。
インド中華は、韓国中華や東南アジアの南洋中華に比べ、現地化がさらに進んだ異色の存在で、見た目もそうですが、味つけもまったく別物という料理が多いです。
基本的にガラムマサラやターメリックといったインド料理特有のスパイスは使わず、チリをベースにした酸味の利いたソースなどが味の特徴です。青唐辛子をベースにしたグリーンチリと赤唐辛子のレッドチリのソースがインド中華の定番で、それぞれ辛さが違うので、好みで使い分けます。
インド中華の起源は、インドに中国人が来始めた18世紀に始まります。イギリス支配時代となる19世紀後半以降、広東省など中国南方からの移民が増え、主に東インドのコルカタに定住するようになり、そこで生まれました。
その後、20世紀半ばには中印関係の悪化などの理由で多くの中国人がインドを離れましたが、インド中華は全国に広まり、親しまれています。
では、インド中華がどんな料理なのか紹介していきましょう。
アメリカンチャプスイ(American Chop suey)
チャプスイはアメリカ生まれの肉や野菜のあんかけ中華で、インドではアメリカンチャプスイと呼ばれます。かた焼き麺にトマトケチャップで味つけされた甘酸っぱいあんがかかっています。
チキン・マンチュリアン(Chicken Manchurian)
インド中華を代表する一品で、衣をつけて揚げた鶏肉を野菜と一緒にコーンスターチでとろみを付けあんかけにしたもの。味つけにはチリ風味のマンチュリアン(満洲風)という名のソースを使います(このソースについてはあとで説明します)。
ゴビ・マンチュリアン(Gobi Manchurian Gravy)
ゴビというのはカリフラワーのことで、衣をつけて揚げたカリフラワーや野菜をコーンスターチでとろみを付けあんかけにしたもの。衣をつけたカリフラワーの食感は肉のようですが、これはベジタリアン料理です。
シュエズワンフィッシュ(Schezwan Fish)
インド中華によくあるトウガラシや山椒、ニンニク、お酢の酸味をベースにした赤いチリソース「シュエズワン(四川風)ソース」を魚のフライにからめたもので、かなりのピリ辛味です。
チャウメン(Chow mein)
いわゆる焼きそばで、中華麺に鶏肉や沢山の野菜を入れて炒めたもの。
インド中華には、ほかにもフライドライスや春巻き、ワンタン、肉まんなど、世界共通のメニューも豊富にあります。
インド中華について教えてくれたのは、インド食器輸入販売会社アジアハンターを経営しているインド・ネパール料理の専門家の小林真樹さんです。
インド食器 アジア食器
アジアハンター
小林さんは「食べ歩くインド 北・東編」(旅行人)をはじめ、数多くの著作を持っている面白い方です。
食べ歩くインド(北・東編/南・西編)
小林真樹著
定価 2,420円(税込)
知られざる一皿を求めて、 インドの奥地まで食べ歩くこと二十年、 全インド料理を網羅して解説した 日本で初めての全インド料理案内書。 現地食堂の名店も徹底ガイド。 これでインド旅行の食事が一変する!
小林さんは話します。「インドにはインド中華というジャンル名で料理が存在し、その一部を日本国内でも提供する店があって、一部のマニア層から注目されています。
インド国内ではイギリス支配時代に広東周辺からの移民が主に東インドのカルカッタ(現コルカタ)に古くから定住していて、大まかに2か所、チャイナタウンと呼ばれる集住マーケットを築いています。そこでは、インド化した中華料理を出す朝市が立ち、名物となっています」。
以下の写真は小林さんが撮影したコルカタのチャイナタウンの様子です。
食堂のメニューをみると、ミートボールス―プやフィッシュボールスープ、モモなどがあります。
フライドライスや焼売(Sui Mai)もあります。コルカタの朝市では焼売はスープに入って提供されていたそうです。
コルカタには2つのチャイナタウンがあります。18世紀に形成されたコルカタ中心部のティレッタ・バザールと20世紀以降に生まれたタングラです。ティレッタ・バザールには現存するインド最古の中華料理店「欧州飯店」があり、中国南方から来た夫婦が1920年代初頭に開業したものです。
さて、インド中華のメニュー名の特徴として「チャプスイ」「マンチュリアン」「シュエズワン」などユニークなネーミングのものがあります。どんな意味があるのでしょうか。
まずチャプスイですが、これは19世紀に広東出身の労働者たちが船でアメリカや世界各地のイギリス植民地を渡り、港湾労働者として当地で過ごしていたとき、くず野菜をあんかけしてご飯や麺にぶっかけて食べていた安価な料理が起源です。その後、20世紀になると、アメリカの中華レストランの定番メニューのひとつになります。
そしてマンチュリアンというのは「満洲風」という意味です。これは1950年代にコルカタ在住の中華系移民3世のネルソン・ワンがムンバイで一旗揚げようと中華料理店を開いた際の創作料理に名付けたのが発祥だとされます。
満洲=中国東北地方なのですが、地名を借用しただけで、味や食材も含め、東北料理との関連はありません。インドでは、素材名の前後に中国のメジャーな地名を付けて、本場感を出そうとそれらしくアピールすることがよくあるそうです。
それは「シェズワン(四川)」も同様です。
これは1970年代にボンベイ(ムンバイ)のタージマハルホテルにできた高級中華料理店「ゴールデンドラゴン」に四川から招聘した調理人が来て、こうした名称が広まったものだそうです。
この不思議なインド中華は、西大島のマハラニ以外では、西葛西のムンバイキッチン(江戸川区西葛西6-12-9 エッグス23ビル)でも食べられるそうです。
ムンバイキッチンはインドのムンバイで18年勤務していたネパール人オーナーの店で、味つけもムンバイ式、インドのマンチュリアンという料理がムンバイ発祥でもあることからメニューに多くのマンチュリアンが並びます。
ぜひ訪ねてみてください。
(東京ディープチャイナ研究会)