みなさんは「インド中華」という料理のジャンルをご存知でしょうか。
「ガチ中華」といえば、中国由来の料理ばかりだと思っているかもしれませんが、いまの東京には、中国生まれの料理がいったん海外に伝播し、その後各国で現地化したご当地中華である「海外現地化系」が存在します。
インド中華とはそのひとつ、インド固有のユニークな中華料理のこと。以前当サイトでは韓国中華のことを紹介しましたが、そのインド版です。
都内23区でいちばん中国籍の住人が多い江東区に、大島という面白い町があります。この町にはインド系インターナショナルスクールがあり、インド系住民やインド料理店も多いことで知られています。
ただし、インド料理店に行けば、どこでもインド中華が食べられるとは限りません。日本では相当レアなジャンルだからです。
ではどこで食べられるのか。西大島駅から通りを東に向かって3分ほど歩いた先にある南インド料理「マハラニ」(東京都江東区大島)です。
同店は西ベンガル州出身のカジー(Kaji Saikh Sadek)さんがオーナー&シェフを務める店で、西大島に2010年6月にオープンし、2015年6月に現在の場所に移転しています。
1979年生まれのカジーさんは現在、43歳。2001年10月に来日し、最初は福島県のインド料理店で調理人をやっていました。彼はインドではホテルの料理人をしていましたが、インド料理だけでなく、インド中華もつくっていました。
「インドではインド中華は広く食べられています。マサラを使わない、インド料理とは別物なので、特別な調理師免許も必要です。でも、日本に来たらインド中華をつくることができませんでした。私が勤めた店のオーナーは、インド中華のことを知らず、カレーのようなインド料理だけをつくればいいというのです。
それが私にはとても残念で、いつか自分の店を持ってインド中華を提供したいと思っていたのです」
そんなカジーさんですから、マハラニをオープンしたとき、メニューに一般的なインド料理や南インド料理に加えて、インド中華を盛り込んだのは当然でした。
では、インド中華とはどんなものなのか。同店のメニューから紹介しましょう。
まず万国共通のメニューとして、焼きそばの「チャウメン(Chow mein)」があります。
中華麺に鶏肉や沢山の野菜を入れて炒めたもので、同店では肉なしのベジタリアンも選べます。好みで3種(トマトソース、青トウガラシ、ビネガー)の調味料を加えます。
ほかにもフライドライスや春巻きがあります。
ここまでは日本人にもなじみのある味に近いですが、インド中華特有の料理もあります。
これは「アメリカンチャプスイ(American Chop suey)」です。チャプスイはアメリカ生まれの肉や野菜のあんかけ料理で、インドではアメリカンチャプスイと呼ばれます。
麺の上にトマトケチャップで味つけされた肉や野菜とともに甘酸っぱいあんがかかっています。メニューには「インド風あんかけカタヤキソバ」と書かれており、明らかに中華料理にはない味で、しかもかた焼き麺なので、不思議な味わいといえます。
カジーさんによると、インド中華には大きくふたつの味の系統があるそうです。その名前がまた不思議で、「マンチュリアン(満洲)」系と「シュエズワン(四川)」系です。
マンチュリアン(満洲)というのは、グリーンチリソース(青トウガラシ)とニンニク、ショウガ、醤油などをベースにした味つけです。
たとえば「ゴビマンチュリアン(Gobi Manchurian Gravy)」がそう。ゴビというのはカリフラワーのことで、衣をつけて揚げたカリフラワーや野菜をコーンスターチでとろみを付けあんかけにしたもの。衣をつけたカリフラワーの食感は肉のようですが、これはベジタリアン料理です。カジーさんは「インド料理でいったん揚げたものをカレーに入れることはまずありません。インド中華特有の調理法なんです」といいます。
ほかにも「チキン・マンチュリアン(Chicken Manchurian)」などがあります。
一方、シュエズワン(四川)は、文字通り四川風に赤トウガラシをベースにした味です。たとえば、「シュエズワンフィッシュ(Schezwan Fish)」がそうで、赤トウガラシや山椒、ニンニク、お酢の酸味をベースにした赤いチリソース「シュエズワン(四川風)ソース」を魚のフライにからめたもので、かなりのピリ辛味です。
店のメニューには「魚の四川風」とあり、「四川風チキン」もあります。
これらがインド中華に欠かせない調味料のチリソースや醤油です。青トウガラシをベースにしたのがグリーンチリで、赤トウガラシをベースにしたのがシェズワンソースです。
なぜこのような名前になったかについての解説は、別の機会に譲りますが、インド中華の由来についてカジーさんはこう話します。
「1770年頃、中国から客家系の商人がコルカタに来てシルクなどを商いました。彼らの一部がインドに住み着いて、中華料理を伝えました。それまでインド人の多くはカレーしか食べていなかったので、すぐに中華料理が好きになり、全国に広まったのです。
インド中華の調理の特徴は、鉄鍋を使うこと。これで肉や野菜、麺などを炒めます。私の生まれた西ベンガル州ではお米をよく食べるので、もともと炊き込みご飯のビリヤニはありましたが、インド中華ではフライドライスになります。
自分の店を始めてからというもの、私はインド中華をつくれる喜びでいっぱいになり、創作インド中華もつくりました。たとえば、南インドのクレープであるドーサに包むソースをシュエズワン風に味つけする「シュエズワンドーサ(Schezwan Dosa)」がそうです。
メニューにはないですが、チリパニール(インドのチーズ)などもたまにつくります。私はいまオーナーですが、厨房から離れたくないんです。
2010年にオープンした店は狭かったので、インド中華はほとんど提供できませんでしたが、2015年にいまの店に移り、メニューにインド中華をたくさん入れました。すると、噂を聞きつけたインドの人たちが大勢来るようになりました。
その後、日本の人たちも来店するようになりました。インド料理が好きな人たちで、インド中華は珍しいということから、北海道からわざわざ食べに来たという人もいて、とても感激したものです」
同店では、2022年10月1日からアルコールの提供をやめています。
当初、どうしてわざわざ日本人があまり知らないインド中華を出そうと思ったのか、その理由をうかがいに行ったのですが、「どうしてもインド中華をつくりたかった。ずっと我慢していたから」と話すカジーさんのあまりに率直でまっすぐな回答と、この20数年の彼の日本での生活や苦労話などを聞いて、心温まる思いがしました。
また彼が「鉄鍋は重いので、たまに手がしびれることがある」という話をしたとき、中国由来の料理がインドに伝わる際に、調理器具や調理法も同時に伝わるということの意味をあらためて理解しました。中華料理を知らなかった、かつてのインドの料理人は鉄鍋をふるうことはなかったわけですが、すでにそれを知る彼らは中国の料理人と同じような職業上の辛さを感じることがあるというのです。
ところで、この店の楽しさは、店に隣接したインド食材店で、本場のスパイスや調味料などが購入できることです。この店で覚えた味を自宅で再現したくなります。
「ガチ中華」の中でもかなりの変異種ともいえるインド中華ですが、カジーさんに会いに、ぜひお訪ねください。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
マハラニ
江東区大島3-15-29
03-5875-1564