写真家が紹介する池袋の隠れ家中華「中国西北家庭料理 沙漠之月」

知る人ぞ知る池袋の隠れ家中華の名店「中国西北家庭料理 沙漠之月」をご存知だろうか?

沙漠之月の店主であり、料理人でもある英英(インイン)と私は少なからぬ縁があり、20年以上のつきあいになる。『地球の歩き方・中国シルクロード編』の編集者をしていた友人が彼女と結婚したのが25年ぐらい前の話。私も『地球の歩き方』の中国関連の撮影をしていたので、その直後ぐらいに知り合って以来の長いつきあいだ。

英英は2000~2006年にかけて「英英珈琲屋」というカフェを敦煌で営み、シルクロードに旅した多くの日本人のオアシスとして人気の場所だった。

かつての英英珈琲屋のお客さんで沙漠之月を訪ねる人もいるそうで、作家の椎名誠さんもそのひとり。沙漠之月の本棚には椎名さんの著作『遺言未満』(2020年刊/集英社)がサイン入りで献本されていた。椎名さんが敦煌を訪れたときの英英珈琲屋の話がちらりと出てくるらしい。

沙漠之月がオープンしたのは2012年6月。池袋駅東口から明治通りを北に10分ぐらい歩いた、雑居ビルの3階にあり、初めての人はたいてい迷う。営業している時は1階入り口に店の看板も出ているが、螺旋階段のある細長いビルが目印だ。

席数もカウンター5席プラスアルファしかないので、まさに隠れ家。カウンターだけのお店だからこそ、英英の料理する様子を目の前で見る楽しみもある。が、なにしろ5席。できればあらかじめ予約していくのがおすすめだ。

中国料理といえば中華鍋を強火で煽って作るというイメージが強いが、沙漠之月ではビルの制約もあってIHしか使うことができない。しかし、その厨房でとても美味しい料理の数々を見事に作ってしまう英英は料理の名人だと、食べるたびにその思いを強くする。

英英の出身地は甘粛省張掖。西域へ抜ける交通の要路・河西回廊の中部に位置する。

1980年の放送時に大ヒットしたNHKの『シルクロード』の初回が「遥かなり長安」そして、2回目が「黄河を越えて~河西回廊1000キロ~」だった。

私にとってはまさにシルクロードをイメージさせてくれるのが沙漠之月の料理だ。店内の壁には、彼の地の写真がたくさん飾られている。

英英の出身地の甘粛省・中国西北地方料理では、黒酢と唐辛子、山椒、トマトをいっぱい使いちょっと酸っぱ辛いのが特徴。 四川料理よりは辛くなく、山西料理よりは酸っぱくない。

代表的なメニューが「炒茄辣西」。トマトと茄子とピーマンを醤油と黒酢で炒めた家庭料理。

炒茄辣西

ユリネとセロリを炒めた「西芹百合」も甘粛省を代表する家庭料理。

西芹百合

キクラゲをプラスした「西芹百合炒木耳」もバリエーションのひとつ。

西芹百合炒木耳

「清炒土豆丝(じゃがいも炒め)」も甘粛省らしい料理だ。中国全土で食べられている料理ではあるが、甘粛省はじゃがいもの生産量が多く、家庭でひんぱんに食膳にのぼる。あっさり炒めて、あとは好みで黒酢やラー油を加味して食べるのが甘粛流らしい。

清炒土豆丝

酢や唐辛子を効かせてすっぱ辛くアレンジした「酸辣土豆丝」もおすすめだ。

酸辣土豆丝

「張掖臊子(ソーズ)面」も張掖のソウルフードだ。豚肉やトマト、干し椎茸、茄子、じゃがいも、人参、大根、豆腐、キクラゲ、ユリネなど手近にある季節の野菜を細かく刻んで入れるトマト醤油味の麺。現地ではどれだけ小さく刻むかが腕の見せ所ながら、日本ではあまり喜ばれないので、あえて大きめにしているとのこと。

張掖臊子面

「搓鱼子麺」も、張掖のソウルフード。麺を手でこねて魚の形にして炒める、とても手間のかかる料理で、沙漠之月では要予約の裏メニューだ。

搓鱼子麺

また「牛肉小飯」は張掖の朝ごはん的な麺料理。

牛肉小飯

その他、甘粛省を代表する麺といえる「蘭州牛肉麺」は日本でも専門店があるほど人気なのでご存知の人も多いだろう。中国西北地方は麺のバリエーションが豊富で、英英曰く「3ヶ月食べても、同じものが出ない」ぐらいあるのだそうだ。

蘭州牛肉麺

また、漢字の画数が多くて話題になった幅広麺の「ビャンビャン麺」も西北地方の名物。いろいろな食べ方があるが、沙漠之月では麺の上から最後にジュワ―とピーナッツ油をかける。コンビニでも商品化されたが、沙漠之月のビャンビャン麺とは月とスッポンだ。

ビャンビャン麺

四川料理ながら、英英の作る「担々麺」も絶品。

担々麺

店内にはメニューも一応あるが、その時の材料の仕入れ具合によって作れる料理も決まってくるので、自分の好みを伝えて英英と相談しながら料理を決めていくのがおすすめだ。また、食べたい料理がある場合は予約時に伝えておいたほうがいい。

料理名人の英英のこと、中国の西北料理だけではなく一般的な中国料理もどれもとても美味しい。「麻婆豆腐」、「青椒肉絲」、「蒜苗回锅肉(葉にんにくの回鍋肉)」などは四川料理専門店も顔負けの美味しさ。

麻婆豆腐
青椒肉絲
蒜苗回锅肉

「卤鸡蛋,红烧排骨,卤豆皮」 (味付き玉子とスペアリブの醤油煮込み、干し豆腐煮込み)、「鱼香肉丝」(豚肉とキクラゲの豆板醤炒め)、「猪耳朵拌香菜」(ミミガーとパクチーのあえ物)、「清蒸鯛鱼」(蒸し魚)、「清炒塌菜」(ターサイの塩唐辛子炒め)、「酸辣粉」(太い春雨にピーナッツやモヤシ、パクチー、花椒をトッピングして辣油と黒酢をあえたスープ)……、沙漠之月で食べることができる美味しい料理を上げていくときりがない。

卤鸡蛋,红烧排骨,卤豆皮
鱼香肉丝
猪耳朵拌香菜
清蒸鯛鱼
清炒塌菜
酸辣粉

中国全土(特に黄河以北)を代表する料理の水餃子も、沙漠之月の看板料理中の看板料理。その時によって具材や皮の色も様々だが、運がいいと見た目も美しい三色の「翡翠餃子」が出てくる。

翡翠餃子

緑はほうれん草や小松菜、黄色はかぼちゃや人参、ウコンで色づけする。もちろん普通の白い「水餃子」が出てくることもある。

水餃子

これらの餃子の皮を伸ばし包んでいく作業を目の前で眺めている時間も至福。

また、酸っぱ辛いスープに餃子をいれた「酸湯餃子」は日本ではあまり知られていない裏メニュー。いうならば味噌汁のようなあまりにも当たり前な料理で、レストランや食堂ではなく屋台料理・家庭料理的な存在らしいが、とても美味しいので沙漠之月に何度か通うようになったら、ぜひ食べてみてほしい。

酸湯餃子

最後にとっておきの情報。

英英手作りの辣椒(ラー油)。一味唐辛子7種類に白ゴマ、エゴマ、ショウガ、ネギ、ニンニク、ピーナッツ、山椒、胡椒、きなこ、サラダ油、ごま油等を使って作るラー油の逸品なのだが、ひと瓶(150ml)500円で販売している。

水餃子やゆでた肉にかけたりするだけで美味しくなる魔法のラー油だ。事前に予約すれば、持ち帰り用の冷凍水餃子(6個400円)も用意してくれるので一緒に購入すれば、沙漠之月の水餃子が家でも楽しめる。

店舗情報

中国西北家庭料理 沙漠之月

豊島区東池袋2-63-15 3F
080-6634-9898

Photographer
写真を撮った人

佐藤 憲一

プロフィール

最新情報をチェックしよう!