人形町の素敵なマスターの店「北京餐庁 大申」で庶民料理に舌鼓

「何度も通いたくなる店は?」と聞かれれば、真っ先に頭に浮かぶ場所があります。

人形町駅の近くで、A6出口から出れば30秒で着く「北京餐庁 大申」です。この店と出会ってから、私はまるで魔法にかけられたかのように、気がつくとこのこぢんまりとした店に通い続けています。

北京餐庁 大申

北京料理は中国を代表する料理のひとつだと思っている日本の方がいるかもしれませんが、中国国内で北京のことを「グルメの砂漠」と揶揄する人もいるほど。実は北京料理は中国料理の中で目立たない存在です。麻辣旗を挙げる四川料理や、繊細な味づけの上海料理などと違って、インパクトのあるキーワードがいまひとつなく、北京料理と聞いてもピンとこないと言われがちなのです。

しかし、実際は違います。北京は何百年もの間、国の首都として他の場所と一線を画す土地だからこそ、各地から美味しいものが北京に集結して、実に豊な食文化を構築しています。上を見ると最高級な宮廷料理もあれば、下を見ると庶民の味だっていっぱいあります。

人間は小さい頃に食べ慣れた味を一生忘れないと言われます。大人になって久しぶりにこの味に出会った時の衝撃と感動もまた格別なもの。この「大申」で、私はまさに衝撃と感動を覚えたのです。

この店で私のお気に入りのメニューを「北京色全開な前菜」「通の庶民料理」「万人受けの名コンビ」「幻の最強刺客」「主食軍団襲来」の順に、そして最後にこの店のマスターの孟航さんご夫婦を紹介させてください。

その1 北京色全開な前菜

爆肚(バウドゥ)

この「爆肚(バウドゥ)」こそ、北京の伝統的な軽食であり、定番の前菜です。北京はシルクロードの延長線にあり、昔から牛と羊を食べる習慣があるうえ、遊牧民族である女真族が清王朝を建国したことも深く影響して、中国全土から見ても牛と羊をよく食べる場所のひとつです。

爆肚は軽食でありながら食材、作り方、合わせだれと色々こだわりがあります。新鮮な牛、もしくは羊の胃袋を細く切り、素早く熱湯で湯がきます。時間にしては1分未満ですが、この茹で加減によって食感が大きく変わってしまうため、まさにシェフの腕の見せ所です。

爆肚(バウドゥ)

大申で食べた爆肚は、絶妙なタイミングですくい上げられ、全く水っぽくなく、コリッとした食感がたまりません!秘伝のタレは食材の美味しさをしっかりと引き出しながらも、決して重たくなく、さっぱりしていますので、補佐役としてのバランスが絶妙です。刻んだネギやパクチーと一緒に熱々のうちにハフハフしながら食べると、前菜から幸福感に包まれ思わずにっこり笑顔になります。

そして、上の写真の右側の料理は「藤椒毛豆」で、旬の枝豆を中国の藤椒と一緒に茹でたものになります。日本人が食べ慣れた枝豆に爽やかな香りがプラスされ、いくらでも食べられる気になってしまうくらい、私の大好物です。

その2 通の庶民料理~卤煮火焼(ルージューホーシャオ)

卤煮火焼(ルージューホーシャオ)

一言で言うと、臓物のごった煮ですが、これは長い歴史の中で、北京っ子が愛して止まない伝統料理です。都には、皇室や高官などが住む一方、貧しい庶民もいます。とりわけ北京の城南エリアは昔から下町で、ここから生まれた庶民料理の一つに、「卤煮火焼」があります。

肉がなかなか手に入らない時代、肉体労働者は何とかお腹いっぱい食べたいと知恵を絞ってこの料理を誕生させました。肉の代わりに安価な臓物を丁寧に下処理した後、ぐつぐつと時間をかけて煮込みます。大腸、小腸、肺、心臓など具沢山のスープに、「火焼」と呼ばれる固焼きパンを投入して、美味しい出汁をいっぱい吸わせます。寒い冬にこの一杯を食べれば心も体もぽかぽかになります。

大申のマスター孟さんは、自ら材料を選び、全て自分で丁寧に下ごしらえをするので、臓物にありがちな臭みは一切なく、どの食材も柔らかく煮えてあって、醤油ベースのスープまで飲みたくなります。

また、具材の真ん中に刻んだ生ニンニクがどっさりトッピングされ、フワッとしたモツの食感とシャキッとしたニンニクがハーモニを奏で、やや濃いめの味に爽やかな香りが加わります。食感も味もバランスが素晴らしく、モツ好きな方は一度食べれば間違いなくハマるはずです。

もうひとつ言及しないといけないのは、脇役の火焼も孟さんの手作りで、モチモチでしっとり。モツと交互に食べるとあっという間に完食してしまうため、ここでは理性を忘れて暴走しそうな手をしっかりコントロールするようにね。

その3 万人受けの名コンビ~包子炒肝(バオズチャオガアン)

包子炒肝(バオズチャオガアン)

包子炒肝は、北京っ子なら誰もが認める名コンビと言って良いでしょう。外食文化の豊かな中国では、朝ご飯もたいてい外で食べるので、忙しい朝から近所のレストランに駆け込み、包子炒肝セットを食べることで1日が始まる人も少なくありません。

炒肝の歴史は長く、もともと宋の庶民料理から変化して現在の形になったと言われています。「炒」という漢字が入っていますが、実は煮込んだスープです。

八角を始めとする中華スパイス、甘辛味噌などで味のベースを作っておき、出汁の効いたスープの中に、仕込み済みのモツや下ろし生姜、ネギなどを投入し、最後に新鮮な生レバーを入れます。作っておいたベースを入れた後に、しっかりととろみをつけます。とろみの加減も大事で、ねっとりもさらさらもダメで、食材が程よく固められ、時間が経ってもとろみが残る状態がベストです。

包子

包子は水分の少ない主食ですが、口が乾いたと思ったら一口炒肝を「飲む」ので、どんどん胃袋に入ります。そうです、炒肝は北京っ子にとって飲むものなんです。れんげなどを使わず、お椀のふちに沿って啜る食べ方が正統派ですよ。

一見すると油っぽく見えるかもしれませんが、食材を下茹でしてあるので、油脂がほとんど残っておらず、味自体はさっぱりとしています。親しみやすさ、美味しさ、お手頃感三拍子揃っていますので、朝食でも昼食でも、軽食でも夜食でも、いつでも食べられます。

大申では、お酒のおつまみとしても、最後の締めとしても、「卤煮火焼」や「包子炒肝」が大変人気で、この店に集まってくる中国人のみならず、日本人の常連客も好んで食べていますので、美味しさがしっかり伝わっている証拠ですね。

その4 幻の最強刺客~「豆汁」

豆汁

よほどの北京通じゃなければ、そもそも豆汁の存在を知らないでしょう。煮た緑豆を発酵させた伝統的な飲み物ですが、好き嫌いがはっきり分かれるものでもあります。匂いがダメだとか、飲んだ時のトロッとした感じと口に残る酸味が嫌だとか、苦手な人も多いので、最近は北京でも豆汁人口が激減しています。

しかし好きな人にとっては、この酸味こそ豆汁の真髄であり、そして乳酸発酵しているので、とても健康的な飲み物です。東京にはディープな中国料理店がいっぱいありますが、都内で豆汁が飲める場所は大申くらいじゃないでしょうか。先入観を持たずに、付け合わせのあげ麺と漬物と一緒にチャレンジしていただきたい一品です。

その5 主食軍団襲来~「餡餅」「門丁肉餅」「京東肉餅」

餡餅(シェンビン)
餡餅(シェンビン)
)門丁肉餅(メンティンロウビン)
門丁肉餅(メンティンロウビン)
京東肉餅(ジンドンロウビン)
京東肉餅(ジンドンロウビン)

どれも肉まんを平べったくしてから焼くように見えますが、具材のバリエーションが豊富で、どれを食べても美味しくて、ついついおかわりしてしまいます。

豚肉とネギ、豚肉とニラ、卵とニラ、牛肉餡など、孟さんがいつも数種類を用意してありますので、食べ比べができて一人でも結構盛り上がります。肉汁がしっかりと閉じ込められていて、一口噛めばじゅわっと溢れ出るという感動が毎回体験できます。

その6 心が落ち着く場所、素敵なマスターご夫婦

「どうして私はこんなにもこの店に通っているんだろう」と自問自答した時、答えの中にはもちろん美味しい料理が入りますが、もうひとつ大事なポイントは孟さんの人柄です。

孟航さんは、1960年代生まれの粋な北京っ子で、小さい頃からお父さんに連れられ、北京の有名レストランを食べ歩いた経験が土台となり、北京の美味しい味が心に刻まれました。

90年代の初めに来日したのち、札幌で食の世界に入り、恩師となる方と出会い、修行を重ねて総料理長まで成長したのです。

そんな孟さんには、料理人の他にもうひとつ「文芸青年」の顔もあり、常連客の前ではギターを弾きながら中国と日本の歌を歌ってくれます。美味しい料理を食べて、のんびりと過ごして、さらに歌というサプライズまであるなんて。これほど居心地の良い店はなかなか見つかりません。

常連客の前ではギターを弾きながら中国と日本の歌を歌ってくれます

札幌でシェフとしてのスキルだけでなく、人生の伴侶になる素敵な奥様とも出会いました。お姉さん的存在の奥さんとおしゃべりしたいというのも、私が大申に行く理由のひとつです。明るい性格がみんなに好かれて、ご夫婦揃って一生懸命頑張っている姿がとても格好良く、心の底から応援したくなります。

ご夫婦揃って一生懸命頑張っている姿

ディープチャイナを通して、さまざまな店を知りましたが、ここ大申は私にとって特別なところです。皆様も一度訪れてみてはいかがでしょうか。

店舗情報

北京餐庁 大申

中央区日本橋人形町1-4-13
03-6206-2059

Writer
記事を書いてくれた人

松永 悠

プロフィール

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