少し前の話ですが、8月31日(水)、『新版 攻略!東京ディープチャイナ~海外旅行にいかなくても食べられる本場の中華全154品』(産学社)の刊行を記念した、当研究会代表・中村のトークイベントがジュンク堂池袋本店で開催されました。
当日はメディア関係者も含め、多数ご来場いただき、満員御礼でした。
今年の夏は、新聞各紙から「ガチ中華」に関する取材を受けました。9月29日が日中国交正常化50年だったことが背景にあったと思います。
各記者の方々と一緒に都内の「ガチ中華」の店を訪ねながら、いろんなお話をさせていただきましたが、それぞれの記事は独自の観点があって、これらをつなぎ合わせると、「ガチ中華」の現在形が見えてくると思い、ForbeJapanに寄稿しています。
なかでも共同通信記者の記事は評判が良かったそうで、以下のような全国の加盟紙でも配信されたと聞きました。
配信された共同通信の加盟紙
- 2022/10/07新潟日報
- 2022/10/08静岡新聞
- 2022/10/08沖縄タイムス
- 2022/10/08愛媛新聞
- 2022/10/09 佐賀新聞
- 2022/10/09 四国新聞
- 2022/10/08山陽新聞
- 2022/10/08東奥日報
- 2022/10/08 埼玉新聞
- 2022/10/11 信濃毎日新聞
- 2022/10/12 神戸新聞
- 2022/10/14 大分合同新聞
- 2022/10/14 京都新聞
- 2022/10/17 下野新聞
- 2022/10/17 中部経済新聞
- 2022/10/18 東京新聞
- 2022/10/18 山陰中央新報
- 2022/10/19 千葉日報
「ガチ中華」は主に首都圏や関西、名古屋、福岡などの中国系の人たちが多く住む大都市圏に集中しているため、地方の方たちにはピンとこない話だったのかもしれませんが、これを機に「東京に行ったら、ガチ中華を食べてみようか」という流れが生まれると面白いと思います。
さて、これから8月31日のトークの全容、すなはち「ガチ中華」の全体像を3回に分けて解説したいと思っています。本稿はその【前編】になります。
そもそも「ガチ中華」とは何なのか? どんな特徴を持つのか。なぜいまブームになったのか。いつ頃からのことなのか。こうした話をしたいと思います。
その前に、中村の経歴について少しお話しします。これまであまり自分のことは語ってこなかったのですが、なぜ「ガチ中華」の発掘なんてことを始めたのか。そんな話です。
ぼくは普段、フィールドワークスという編集制作会社を運営しています。書籍や雑誌、ウエブメディアの編集制作&ライターを長くやってきました。著書もけっこうあります。また大学の広報や海外のインバウンドプロモーションなども手がけています。
専門はツーリズム・ビジネス全般で、個人的なテーマは「人の国際移動と社会の関係」というものです。特にコロナ前の10数年は訪日外国人(インバウンド)の動向を取材してきました。ForbesJapan等のビジネス誌のオンライン版に寄稿したり、日本のインバウンドに関する批評的な評論書も刊行しています。
もともとグルメや中華料理を専門に書いてきた人間ではありませんでした。ただ事務所を立ち上げた2000年代半ばから、友人のすすめで「地球の歩き方」の中国編の編集制作を始めるようになりました。
出版社から支払われる制作経費をやりくりしながら、中国各地を自由に訪ね歩くことのできるガイドブック編集という仕事は、自分にとってまさに「趣味と実益を兼ねた」ものでした。
2017年頃から「世界でいちばん近いヨーロッパ」と称される極東ロシアのガイドブック編集も始めています。2020年春には、ニュースサイト「ウラジオストク・チャンネル」を開設しました。
ところが、2020年初春、突如襲ってきたコロナ禍で海外取材ができなくなってしまいます。ぼくのテーマである「人の国際移動」が停まるという異常事態でした。
こうしてゆく手を阻まれてしまった同年4月頃、気落ちして(笑)池袋を歩いているとき、ディープな中華料理店、いまでいう「ガチ中華」の増加ぶりにあらためて驚きました。もともと池袋にこの種の店が多いことは知っていましたが、明らかに5年前とは異次元の別世界が広がっていると感じました。
いったいここでは何が起きているのか。その全体像を調べることを決意するに至ったのです。
それからというもの、ぼくは都内の「ガチ中華」の集中エリアを何度も訪ね、まずどこにどんな料理を出す店があるのか、調べて地図に落とすという作業を始めました。
珍しい料理を出す店を見つけると、どんどん入ってみました。初期の頃、印象に残っているのは、池袋にある「池袋小吃居」という河南料理の店でした。
河南省には、長安と並ぶ古都洛陽があるように、西方に延びてゆくシルクロードの始まりといっていいエリアで、西側に西安のある陝西省、北側に「中国麺のふるさと」と称される山西省があります。最近、東京でも西安のビャンビャン麺や山西省の刀削麺、そして甘肃省の蘭州拉麺が知られるようになりました。
河南省にも名物の小麦麺料理があります。それが「烩面(ホイミェン)」です。
これが「池袋小吃居」の烩面です。羊肉と骨を煮込んだとろみのある白濁スープに平麺が入っています。この店もそうですが、細切りしたコンブや干豆腐、キクラゲなどがのっています。
これは「池袋小吃居」のメニューで、中国語と日本語交じりの奇妙なものですが、「日本初登場」と書かれています。
その後、他にも烩面が食べられる店があることを知るのですが、そのときはちょっと感動的でした。というのも、ぼくは2015年秋に河南省を取材で訪ねていて、そのときご当地麺の烩面を食べて、とても気に入っていたからでした。
これが河南省の省都の鄭州駅前にあった烩面専門店です。
この店で撮った烩面の写真です。見た目より淡白なスープで、臭みはまったくありません。
「なるほど。いまの東京は、中国で食べたのと同じ珍しい地方料理が食べられる時代なんだな」。
そう確信したわけです。その後、次々と珍しい料理を発掘していくことになります。
さて、そんなことを繰り返して数カ月ほど経ったあたりから、大まかな東京の「ガチ中華」の見取り図が見えてきました。それまであんまり積極的にSNSをやっていなかったのですが、こうして見つけた珍しい中国の地方料理をFacebookに投稿するようになりました。すると、多くの友人から「これ何? どこで食べられるの?」と聞かれるようになったので、「じゃあ案内するから一緒に食べに行きましょう」という自然な流れになりました。
そもそも中華料理というものは、大皿をいくつもテーブルに並べて、大勢でいただくものです。こうして身近な友人を巻き込んだ「ガチ中華」発掘が始まっていったのです。
翌2021年6月、古くからつきあいのある版元の産学社さんから「ガチ中華」の案内本を出すことが決まりました。その後も、感染者数の減った時期を見計らって、「ガチ中華」の食事会を開いたりしていました。
こうしたことが「東京ディープチャイナ研究会」立ち上げの経緯です。おいしい「ガチ中華」の話題はみんなで共有しよう。その方がずっと「ガチ中華」の世界も見えてくるだろうと考えたのです。
その後の「東京ディープチャイナ研究会」の活動です。
年 | 月 | 活動 |
---|---|---|
2021年 | 4月 | 東京ディープチャイナ研究会結成 ウエブサイトを立ち上げる |
2021年 | 6月 | 書籍「攻略!東京ディープチャイナ」(産学社)を刊行 |
2021年 | 9月 | FacebookやInstagram、Twitterなどの公開グループを始める その後、全国から中華好きが集まり始めました |
2021年 | 12月 | 日本テレビの「スッキリ!」で「ガチ中華」が取り上げられる 以後、各テレビ局からの取材協力の申し出が相次ぐ |
以上のような経緯で、多くの方と一緒に「ガチ中華」発掘活動が展開されていったのでした。その後は、SNSを通じて知り合った方たちに声をかけて、「ガチ中華」の食事会などもやるようになりました。
詳しくはディープチャイナのサイトの「プレスリリース」をご覧ください。
面白いと思ったのは、われわれの活動に最初に関心を持ったメディアがテレビだったことです。おそらく毎日放映されている情報番組の埋草のひとつとして、「ガチ中華」という新奇なグルメが使えると考えたのでしょう。研究会の日々の活動や食レポを記事化したサイトがアーカイブとしてあるので、番組の制作者たちにそれを参照してもらえたからだと思います。
その後、雑誌やウエブメディアから取材を受けるようになり、最初にお話したように、今夏からは新聞各紙からの取材へと移っていきました。こうして「ガチ中華」とは何か? といった冒頭の問いをメディアが扱うようになってきました。
さて、長い前ふりになってしまいましたが、ようやく本題に入ります。
まず「ガチ中華」とは何か?
日々の活動で、次々に新しいタイプの料理が見つかるため、現状あくまで暫定的ではありますが、当研究会では以下のように定義しています。
日本には多くの日本人の中華料理のシェフの方がいて、ハイレベルで繊細な中華を提供していらっしゃいますが、われわれはひとまず、海を渡って日本に来た中国語圏の人たちが提供している料理に着目しようというわけです。
それは「これまで日本人が親しんできた中華料理とは別物。彼らが故郷を懐かしみ、自分たちの好みに合わせて提供される本場の味」というわけですから、未知なる世界があると思うからです。
そして、今日の「ガチ中華」の2つの特徴はこれです。
先ほど話した烩面のような地方料理が続々見つかります。
さらに、外食チェーンや創作料理などの食のトレンドがそのまま持ち込まれています。
当研究会では、こうした新しい食のシーンを「東京ディープチャイナ」と呼んでいます。
では、新聞各紙が取り上げてくれたように、なぜ「ガチ中華」がいまブームになったのでしょうか? 背景にふたつの側面があると考えています。
日本に暮らし、働く中国やアジアの人たちが増えたこと。以前のように、日本人の口に合わせることなく、彼らを顧客とした経営が成り立つ環境が生まれたからです。つまり、「ガチ中華」の主な客層は、依然中国やアジアの人たちであるのが現状です。
一方、日本人側の背景もあります。以下の3つが考えられます。
コロナ禍による「旅ロス」
日本にいながら海外旅行気分を体験できる場として。
麻辣ブーム~日本人の食の嗜好の変化
「ガチ中華」を代表する四川料理の刺激の強いクセになる味つけは、これまでの日本の中華では一般的ではなかったですが、近年ブームとなっています。
SNSによるコアな情報発信者たちの存在
2000年代以降、中国に進出する企業の増加とともに、駐在や出張、留学を通じて現地の味を知る日本人が増えました。彼らも東京で味わえる「ガチ中華」に懐かしさを感じているのです。いまはSNSの時代なので、彼らがコアとなって「ガチ中華」発掘情報を発信し、それを見た若い世代が未知なる味に興味を寄せるようになったのです。
最後はこの「ガチ中華」というものは、いつ頃からあるのか?
2010年代半ば頃から目につき始め、2018年頃から急増したと考えてよさそうです。
では、なぜ生まれたのか?
ポイントは以下の3つがあると考えますが、これについては【後編】で詳しく解説することにしたいと思います。
「ガチ中華」は なぜ生まれたのか?
中国の外食産業の発展
中国人の第4の出国集中期
オーナーたちの時代認識とメンタリティ
【前編】はひとまずここまでにしましょう。
「ガチ中華」の誕生とブームの背景【中編】どんな料理? 特徴は?
「ガチ中華」の誕生とブームの背景【後編】なぜ東京に出現したのか?
(東京ディープチャイナ研究会・中村正人)