いまから思えば、「ガチ中華」ブームの先駆けとなったのが、池袋の中華フードコート「友誼食府(ゆうぎしょくふ)」といえるでしょう。
JR池袋駅西口(北)を出てすぐ左手の、かなり見た目の怪しい雑居ビルの薄暗い通路の先のエレベーターに乗って4階に上がると、突然視界に開けるのは、中国や台湾、香港の夜市や食堂街の一部を切り取って移転してきたような異国の空間です。誰もがハッとして「ここはどこ?」と思ったことでしょう。
その瞬間の驚きの表情を見るのが楽しくて、何人の友人知人をここに連れてきたことか。とはいえ、自分だって友誼食府がオープンした2019年冬、初めて来たときは驚きの表情を隠せなかったことを思い出します。
このフードコートは、お隣の中国食材店「友誼商店」が管理していて、6つの店が出店しています。それぞれの店の簡単な説明と最新の人気メニューやおすすめ料理を独断と偏見で紹介します。
四川料理「香辣妹子(シャンラーメイズ)」
板橋区滝野川にある本格四川料理店からの出店です。小さなブースにもかかわらず、オーナーの王平兮(おうへいし)さんの出身地である成都風四川料理が揃います。ひとり用火鍋の麻辣燙(マーラータン)や夫婦肺片、激辛担担麺、よだれ鶏(口水鶏)など、選び放題です。
最新のおすすめは「酸辣肥牛米粉」。酸っぱ辛いスープの牛肉入りライスヌードルです。
台湾料理「匯豐齋(えほうさい)」
祐天寺にある台湾料理店からの出店です。オーナーの彭さんは台湾の新竹出身。魯肉飯や肉圓(バーワン=肉団子)などの定番もありますが、「今日菜単」というセットメニューもあるので試してみたいところ。
最新のおすすめは、おなじみ台湾名物のモツ煮込み入り細麺「大腸米線」。酸味のあるとろりスープです。
上海料理「大沪邨」
2014年に上海出身の沈凱さんがオープンした同じ西池袋の「大沪邨」からの出店です。店内には1930年代の中華民国時代のレトロイメージを伝える「老上海」のポスターが貼られていて、本場の上海料理と小吃が味わえる家庭的な店です。この店では北京語より上海語が聞かれることが多いのは、故郷の味を懐かしむ上海人たちが集まるからでしょう。
最新のおすすめは、シイタケとチンゲン菜入りの肉まん「香菇青菜包子」と上海風ダイコンコロッケの「油燉子(ヨウドゥンズ)」。本店では本格的な上海料理を出しますが、このブースでは上海の家庭の素朴な味を提供しているところが魅力です。
中国の朝ごはんの店「友誼早餐」
ここは隣の中華食材店の友誼商店からの出店です。粉モノが多いですが、中国のコンビニでよく売っている醤油の煮タマゴ「茶葉蛋(チャーイェダン)」など、現地気分を楽しめます。
黒龍江省ハルビンの料理を出す店「東北美食」
ハルビンは20世紀初頭、シベリア横断鉄道の建設のためにロシア人がつくった町です。名物はロシア人が伝えた「紅腸(ホンチャン)」と呼ばれる豚の腸詰。トウガラシ入りの燻製肉のソーセージ「腊腸(ラーチャン)」もそう。それぞれ味が違うので、ビールのつまみに食べ比べてみませんか。
おすすめは中国の最もシンプルな小麦粉クレープの「葱油餅」。そのまま食べても素朴な美味しさですが、ソーセージを包んで食べてもいいでしょう。
東北地方の粉モノ小吃の店「三宝粥店」
実は、この店だけ開店当初とは提供する料理が少し変わりました。理由は、もともとの出店者は遼寧省大連風の点心とお粥の店だったのですが、現在は同じオーナーが業態変更して中国東北風の焼肉の店「斉斉哈爾烤肉」になったからです。
そのため、最近は点心の提供はやめて、中国の粉モノ小吃中心のメニューとなりました。店名は「三宝粥店」のままやっています。
おすすめはなんといっても「煎餅果子(ジエンビングーズ)」です。つくり置きではなく、注文したらその場でつくってくれるからです。鉄板にヘラで小麦生地を広げ、タマゴを落として焼き、ピリ辛ミソを塗って食べます。
各店のスタッフを紹介します(日によってスタッフは違います)。
なかでもいちばん若い香辣妹子の王警誼(おうけいぎ)さんはオーナーの娘で、このフードコートの頑張り屋さんとして知られています。お茶目な彼女の一面がこれ。
ここでは「ガチ中華」をあまりよく知らない人のために、各ブースに料理の写真がこれでもかという勢いで貼られているので、それを見て注文することができますし、もちろん先ほどのスタッフにどんな料理か尋ねてみるといいでしょう。
そして、念のために言っておくと、ここでの支払いは、自分の食べたい料理を伝えると、店の人に渡された専用プリペイドカードを隣のスーパーのレジに持っていき、その金額分チャージするという方式です。
友誼食府のいいところは、ビールやジュースなどのドリンク類は隣の食材店で買ってきて、料理と一緒に飲めることです。ドリンク持ち込み可能なBYO(Bring Your Own)スタイルなのです。
青島ビールや台湾ビール、そして最近ハルビンビールも見かけるようになりました。ペットボトルや缶の酸梅湯や冬瓜茶、ココナッツミルクなど手ごろな値段で買えます。場合によっては、ドリンクだけ買ってテーブルでひと休みしてもかまいません。
最近、フードコートもそうですが、中華食材を買い求める日本の人たちが増えているのを実感します。自宅で手の込んだ本場の料理をつくりたいというニーズの高まりもあり、せっかくなら海外で売られているのと同じ調味料や珍しい食材を安く買いたいと思う方が増えているのに違いありません。
とにかくここにはあらゆる中華食材があります。レジを抜けた正面には、水餃子などの冷凍食品コーナー。その右手は野菜。さらに奥には生簀があり、「ガチ中華」で使われる魚やエビが泳いでいます。
全部で8つの棚とそれを取り囲むように冷蔵庫が配置され、調味料やインスタント食品、中国酒、中華菓子、スパイス、乾麺、お茶などの棚に分かれます。
季節によってドリアンなども売られています。冷蔵庫にはカットドリアンも売っていました。
さて、最後に友誼食府の誕生秘話を紹介します。
この中華食材店が最初にこの場所にオープンしたのは、なんと30年以上前の1992年のことです。当時は「知音」という名前の店でした。その頃、日本で暮らす中国籍の人たちは約17万人とそれほど多くはなかったのですが、故郷の食材が買える唯一のスポットとして首都圏近郊に住む人たちが買い物に来るようになりました。
実は、中華食材店のオープンは池袋が「ガチ中華の聖地」となるきっかけともいえるのですが、それはまだ先の話として、東日本大震災の頃、オーナーが変わります。
「知音」は北京出身の人たちが始めた店で、その後、都内各地に出店しましたが、競合店の増加とともに経営不振となったそうです。それを引き継いだのは、横浜関内にある聖元という会社で、母体は中華食材卸業の友盛貿易という台湾系の会社でした。
友盛貿易の社長は鄭尊仁さんという高雄生まれの台湾の方です。卸業者が一般消費者向けの直営店を持つことは大きな挑戦だったそうですが、2010年代以降、中国やアジア各国から多くの若い人たちが留学やビジネスで来日するようになったことは追い風になりました。
鄭社長としては、当初は中国や台湾、アジアなどの若い人たちに故郷の食材を提供することが自分の使命だと考えていたのですが、時代は変わりました。日本の人たちも友誼商店に来店するようになったからです。
「そんな時代が来るとは思いもしませんでした」と鄭社長は話します。
さて、友誼食府はそれとは少し違う別の経緯から誕生します。
もともといま友誼食府があるスペースは、以前から中華火鍋屋など飲食店が入っていたのですが、もうひとつ経営がうまくいかず、撤退することになりました。さて、このスペースをどう活用しようか。
そのとき、友誼商店の店長が「店に買い物に来たお客さんがちょっと休んで飲み物を飲んだりできるスペースにしてはどうか」と提案したそうです。
こうした思いが実現したのが、いくつかの実在する「ガチ中華」が入店するフードコート形態の友誼食府でした。
中国ではこのようなフードコートはどこにでもあります。それは中国やアジアの人たちにとって親しみのある場所ですが、日本の人たちにとってもガチで面白いスポットとして受け入れられたのです。
友盛貿易は2019年12月、横浜にアンテナショップ「本味主義」をオープンしています。こちらは日本の人たち向けの「ガチ中華」食材の店です。ネット販売もしています。
横浜近郊の方はこちらの店もよければ訪ねてみてください。
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
友誼食府
豊島区西池袋1-28-6
大和産業ビル4F
03-5950-3588
友誼食府 立川店
東京都立川市柴崎町3-6-23
042-512-9735
香辣妹子
北区滝野川5-18-2
03-6903-4977
匯豐齋
目黒区祐天寺2-7-20
03-5721-3666
大沪邨
豊島区西池袋1-37-15西形ビル3F
03-6907-0767
齐齐哈尔烤肉(チチハル焼肉)
豊島区西池袋1-28-1 第二西池ビル6F
03-5956-8881