昨年末、発売された週刊誌「AERA」2023年1月2日-9日号で、「ガチ中華」が記事として取り上げられました。
同誌では、リクルートが運営する調査機関「ホットペッパーグルメ外食総研」関係者の「ここ数年、外食に非日常を求める傾向が強まっています。利便性よりレジャー感を求めるなかで、食を通じて新たな世界に触れられるガチ中華が人気になっている」というコメントを挙げて、日本の中華料理について「町中華」「高級中華」「ガチ中華」の「三国時代が到来か」と指摘していました。
これまで日本で長く愛されてきた「町中華」やホテルや有名店の「高級中華」と「ガチ中華」が同格であるかのように扱われたこと自体は面白いと思います。確かに、昨年はテレビをはじめ多くのメディアが「ガチ中華」を取り上げ、ブームになった感がありました。
でも、実際はどうなのでしょう。身近な場所に、海外旅行を疑似体験させてくれるような現地の味に近い「ガチ中華」を食べさせてくれる店がそれほど存在しない、特に地方在住の方たちには、ピンと来ない話だったのではないでしょうか。
それは無理もないと思うのです。「ガチ中華」は現状、全国どこでも普通に食べられるわけではなく、圧倒的に店の数が多いのは、東京とその近郊を含む首都圏や大阪などの大都市圏だけだからです。
先日、ある地方都市で中国人経営の店を訪ねて、いろいろ感じたことがあります。
その店は中国遼寧省大連出身のオーナーが自ら調理もしていました。一見、東京にもよくある私鉄沿線系「ガチ中華」風なのですが、実際にはかなり違っていました。メニューを見る限り、提供されているのはほぼ「町中華」と変わらないものでした。
※私鉄沿線系「ガチ中華」とは……都心から郊外に延びるJRや私鉄沿線駅前によくある中国語圏の人たちが経営する中華料理店のこと。池袋や上野などのターミナル駅周辺とは違い、沿線は当然日本人住民が多いので、「ガチ」度を抑えた「町中華」の代替となるような店が多い。
せっかくなので、オーナーに「メニューにはない、あなたの故郷の東北料理はつくれないだろうか」と中国語で頼んでみたのですが、彼は少々面食らった風で「メニュー以外のものはない」。ドリンクメニューに青島ビールがあったので、「白酒はないか」と聞くと、「今日はない」とのこと。
東京の「ガチ中華」では、メニューには載っていなくても、たいてい裏メニューがあって、推しの料理の写真が店内の壁いっぱいに貼り出されているのが常ですが、そういう風でもありませんでした。
仕方がないので、メニューの中から「ガチ中華」らしいメニューとして、麻婆豆腐や鶏肉のトウガラシ炒め(辣子鶏)、トマトとタマゴ炒め(西紅柿炒鶏蛋)、水餃子などを選んで注文し、「日本人向けではなく、中国の人が好む味つけにしてほしい」と伝えたところ、出てきたのは、東京で味わってきた「ガチ中華」の味とはほど遠いものでした。おそらく普段日本人客に出すのに比べれば、花椒なども多少加えてくれたには違いないのですが。
なにもケチをつけているのではありません。この地方都市に住む中国系の人たちは圧倒的に少ないので、そのような注文をすること自体、無理筋だったようでした。
ある常連客に話を聞くと、この店で人気があるのは「3500円の食べ飲み放題メニュー」だそう。北京ダックからエビマヨ、八宝菜、酢豚など、典型的な「町中華」メニューが盛りだくさんのお得すぎるほどの激安サービスです。
またこんな話も聞きました。「たまにこの店に中国人と思われる常連客が数人いて、酒を酌み交わしているのを見かける。何を食べているのか見たことはないが、店の人間と楽しそうに話している」といいます。
思うに、彼らが来店したときには「ガチ中華」的な、中国人向けの裏メニューを提供しているのではないでしょうか。事前に来店を伝えることで、オーナーにガチな料理をつくる食材や酒を用意させて。
ひがんでいるわけではありません(笑)。今回のように、日本人客から突然、中国語でガチな料理を注文されるというような経験はほぼないので、オーナーにとっては不意打ちだったと思われるのです。
こういうことは、東京の「ガチ中華」の店でもあります。ですから、ガチな料理を味わいたいなら、その店の常連になって、こんな料理を食べたいのだと何度も伝えてみたり、オーナーと同郷の人たちが集まる宴会に参加させてもらったりすることで、実現できることがあります。
また日本の地方都市に住む中国人たちは、日本食が口に合わないなどの理由で、このような中国系オーナーの店の常連になっていることが想像されます。それは、海外、たとえば上海の古北という日本企業のオフィスが集中するエリアにある某日本料理店では、地元の料理が口に合わない一群の日本人の常連が毎日通っている、というようなことがあり、同じだなと思います。
こうしたことからあらためてわかるのは、東京でなぜ「ガチ中華」がこれほど広範囲に提供されるようになったかという理由でしょう。それを求める顧客が多数存在しているからです。同じことを現在の地方都市の中華料理店に求めるのは難しいのです。
さて、そうは言っても、いまの時代、東京でなければ体験できないことは、昔に比べればずいぶん少なくなったと思います。コロナ禍での在宅勤務が進み、自宅以外の場所や観光地、帰省先などでリモートワークを行うワーケーションも広まっています。
これらのことをふまえてあえていうのですが、東京でしか体験できない数少ないことのひとつが「ガチ中華」といえるかもしれません。
年末のある日、大阪から来た知人を東京でもかなりユニークな「ガチ中華」エリアである高田馬場を案内する機会がありました。
高田馬場を歩くのは、昨年末に出た新刊の取材のために訪ねた11月下旬以来でしたが、そのとき見逃していたニューオープンの店がいくつも見つかりました。
新刊「東京ディープチャイナ『ガチ中華』セレクション」Amazon予約開始!
「ガチ中華」が巷で話題になり始め、その味わいや面白さ、楽しさを多くの人たちと共有できるようになってきたと実感しています。そこで東京ディープチャイナ研究会では、新企画の書籍を刊行することになりました。本のタイトルは「東京ディープチャイナ『ガチ中華』セレクション」。今月24日発売予定です。
「五條人糖水」という中華スイーツの店(メニューにあるスイーツ火鍋って何でしょう?)や台湾茶カフェチェーンの「ゴンチャ」(日本国内24店目だそう)、そして池袋にもある酸菜魚専門店の「成都姑娘」2号店(ここは昨年7月オープンでした)などなど。高田馬場では相変わらず新規出店が続いており、これまでなかった新しい料理や業態が次々に生まれているのです。
高田馬場と西川口の「ガチ中華」スポットを訪ね
同じことは、池袋や上野でも見られます。たとえば、この年末に池袋に新たにオープンしたのは、香港鍋の店「江記」や「鮮族焼肉」(先日、黒龍江省チチハル風焼肉店がオープンしましたが、こちらは朝鮮族風。大阪難波にもあります)、中国式バー「音楽酒巴 Freedom」など。
年末池袋ではいくつも新しい店がオープン
上野では、広東風牛肉しゃぶしゃぶの店「孫二娘潮汕牛肉火鍋」、またアメ横の屋台街に大連風小吃の店「大連焖子」や黒龍江省の腸詰めなどを売る「東北王燻醤」がオープンしているのを知りました。
アメ横の屋台街に2つ新しい中華屋台
2023年、東京の「ガチ中華」シーンはどうなっていくのでしょうか。
これまで当研究会では、「ガチ中華」に関するさまざまな情報を随時報告してきました。
「いつ頃からブームなの?」「ブームの背景とは」「どんな料理が食べられるのか」「おすすめは?」「店はどこにある?」「日本語は通じるのか?」「楽しみ方のコツは?」
こうした問いについても、できる限り答えてきたつもりです。
それが実現可能となったのは、SNSでゆるくつながった当研究会のみなさんが発掘するさまざまな情報を身近なものとして共有することができたからでした。
こうした東京ならではの新しい食の世界をさらに多くの方に知ってもらいたいと思います。
そのためにも、今年の年始はこんな提案を広く呼びかけたいと思っています。
「東京はいま中華三国時代、遊びに行くなら『ガチ中華』を試してみませんか」
(東京ディープチャイナ研究会)
店舗情報
新宿区高田馬場エリア
五條人糖水
新宿区高田馬場2-14-4
ゴンチャ(貢茶)高田馬場店
新宿区高田馬場1-34-1
サンフジビルB1F
03-6380-3308
https://www.gongcha.co.jp/
成都姑娘2号店(成都娘酸菜魚 高田馬場店)
新宿区高田馬場1-27-6
KIビル 5F
050-5589-5737
豊島区池袋エリア
江記
豊島区西池袋1-41-8
K’S2ビル
050-5590-5892
鮮族焼肉 池袋店
豊島区池袋2-43-7
ダイチツムラビル2F
03-5391-0499
音楽酒巴 Freedom
豊島区西池袋1-31-6 B1F
文京区湯島・台東区上野エリア
孫ニ娘潮汕牛肉火鍋
文京区湯島3-41-2
林ビル2F
03-6803-0585
大連焖子
台東区上野4-7-8
東北王燻醤
台東区上野6-10-7 B棟 89A号